異議権(責問権)の放棄と喪失(90条)いぎけんのほうきとそうしつ
異議権(責問権)とは、裁判所や相手方の訴訟行為に訴訟手続に関する規定の違反があるとき、異議を述べてその効力を争う当事者の権利です。違反を知り又は知ることができたのに遅滞なく異議を述べなければ失われ(喪失)、あらかじめでなければ放棄もできますが、公益にかかわる規定の違反は放棄も喪失もできません(90条)。
手続に小さな誤りがあっても、当事者がその場で何も言わずに訴訟が進んだ後で、ずっと前の誤りを理由に全部をやり直させるのは不経済で、手続の安定も害します。そこで民事訴訟法は、手続の違反を知りながら遅滞なく異議を述べなかった当事者は、もう異議を述べられないことにしました。ただし、裁判の公正や公開のように当事者の都合で左右できない規定の違反は、異議を述べなくても治りません。

訴訟手続に関する規定の違反を知り又は知ることができたのに遅滞なく異議を述べなければ、異議を述べる権利を失います
90条は、当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り、又は知ることができた場合において、遅滞なく異議を述べないときは、これを述べる権利を失うと定めます。この権利を異議権(責問権)といい、失われると違反の瑕疵は治癒されます。異議権は放棄することもできます。放棄の方式に定めはなく、期日に口頭で述べても足ります。放棄の対象になるのは具体的に生じた違反なので、違反が生じる前にあらかじめ放棄することはできません。中断中に裁判所がした訴訟行為も、中断が解消した後に当事者双方が責問権を放棄すれば有効になります。
宣誓をさせないでした証人尋問、証人とすべき者の当事者尋問、訴えの変更の書面の欠缺、訴状送達の瑕疵は、異議を述べなければ治癒されます
当事者の利益を守るための規定の違反は、当事者が異議を述べなければ治癒されます。最判昭和29年2月11日は、宣誓させるべき証人を宣誓させないで尋問した場合も、当事者が遅滞なく異議を述べないときは責問権を失うとしました。証人として尋問すべき者を当事者本人として尋問した場合も同様に治癒されるとした判例があります(最判昭和30年6月24日)。最判昭和31年6月19日は、訴えの変更の書面の提出又は送達の欠缺は被告の責問権の喪失によって治癒されるとしました。受送達権限のない同居者が訴状を受領した瑕疵も、被告の訴訟代理人が第1回期日に異議なく弁論すれば治癒されます(最判昭和28年12月24日)。

判決の公開・裁判所の構成・直接主義のように公益にかかわる規定の違反は、異議を述べなくても治癒されません
90条ただし書は、放棄することができないものについては異議権を失わないとしています。裁判所の構成、除斥、専属管轄、公開主義、弁論の更新、判決の言渡しのように、訴訟制度そのものの信頼と運営に欠かせない規定がこれに当たります。判決の言渡しを公開の法廷で行わなかったときは、知りながら遅滞なく異議を述べなくても、異議を述べる権利を失いません。人事訴訟で公開停止の要件がないのに公開を停止したときも、その違反は責問権の喪失によって治癒されません。口頭弁論に関与していない裁判官が判決をしたとき(249条1項違反)も、その瑕疵は異議権の喪失によっては治癒されません。裁判官が代わったのに従前の口頭弁論の結果が陳述されなかった(弁論の更新がない)ときも、遅滞なく異議を述べなかったからといって責問権を失うことはありません。
そもそも違反にならない訓示規定には異議権の問題が生じず、言渡期日が2か月を超えても異議は述べられません
判決の言渡しは口頭弁論の終結の日から2か月以内にしなければならないとされていますが(251条1項)、これは裁判所に対する訓示規定であり、守られなくても言渡しが違法になるわけではありません。違反がない以上、異議権の対象にもなりません。
民事訴訟法 第90条(訴訟手続に関する異議権の喪失)
当事者が訴訟手続に関する規定の違反を知り、又は知ることができた場合において、遅滞なく異議を述べないときは、これを述べる権利を失う。ただし、放棄することができないものについては、この限りでない。
試験ではこう問われる
- 違反を知り又は知ることができたのに遅滞なく異議を述べなければ異議権を失う(90条本文)
- 放棄は書面でなくてよい。違反が生じる前にあらかじめ放棄することはできない
- 治癒される違反には、宣誓をさせないでした証人尋問(最判昭和29年2月11日)、証人とすべき者を当事者として尋問したこと、訴えの変更の書面の不提出・不送達(最判昭和31年6月19日)、受送達権限のない者による訴状の受領がある
- 治癒されない違反には、判決の言渡しを公開しなかったこと、口頭弁論に関与しない裁判官の判決、弁論の更新をしなかったことがある(90条ただし書)
- 中断中の訴訟行為も、中断解消後に当事者双方が責問権を放棄すれば有効になる
- 言渡期日を終結から2か月を超えて指定しても、訓示規定(251条1項)なので異議権の問題にならない

