取消しの効果と原状回復(121条・121条の2)とりけしのこうかとげんじょうかいふく
取消しの効果とは、取り消された行為が初めから無効であったものとみなされること(121条)で、無効な行為に基づいて給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負います(121条の2第1項)。ただし、無償行為の善意の受領者、意思能力を欠いていた者、制限行為能力者だった者は、現に利益を受けている限度で返還すれば足ります(同条2項・3項)。
契約が取り消されると、その契約は初めからなかったことになります。すでに代金や品物をやり取りしていれば、お互いに受け取った物を返して元の状態に戻さなければなりません。ただ、制限行為能力者や意思能力のなかった人、ただでもらった物を取り消せると知らずに使ってしまった人にまで全部返させると、守るはずの人を苦しめることになります。そこで民法は、こうした人の返還の範囲を、手元に残っている利益に限っています。

取り消された行為は初めから無効であったものとみなされますが、婚姻と養子縁組の取消しは将来に向かってのみ効力を生じます
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなされます(121条)。取消しまでは有効だった行為が、取消しによって行為の時にさかのぼって効力を失うわけです。もっとも、身分行為では、それまで夫婦や親子として暮らしてきた事実を消してしまうと、生まれた子や同居の生活が宙に浮いてしまいます。そこで婚姻の取消しは将来に向かってのみその効力を生じ(748条1項)、縁組の取消しにもこれが準用されます(808条1項)。「詐欺による婚姻の取消しは、将来に向かってのみその効力を生ずる」という肢(R7 問20 ア)は正しく、「強迫による婚姻の取消しは,婚姻時に遡って,その効力を生ずる」という肢(R3 問20 エ)は誤りです。
無効な行為に基づいて給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負い、受け取った物をすべて返すのが原則です
無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負います(121条の2第1項)。取り消されて初めから無効であったものとみなされた行為にもこの規定が使われます。原状回復は、受け取った物そのものを返すのが原則で、返せないときはその価額を返します。不当利得の一般規定(703条・704条)は受益者の善意・悪意で返還の範囲を分けますが、契約が無効・取消しになった場合の巻戻しは、互いに給付をすべて返し合うのが公平なので、121条の2第1項が全部返還を原則にしました。売買のように双方が給付をしていた場合、双方の返還義務は同時履行の関係に立つと解されています。
無償行為の善意の受領者と、意思能力を欠いていた者・制限行為能力者だった者は、現に利益を受けている限度で返還すれば足ります
無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(取り消された行為では、取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負います(121条の2第2項)。対価を払わずに受け取り、返す必要があると知らずに使った人に全額を返させるのは酷だからです。「AのBに対する無償行為が錯誤を理由に取り消された場合には,その行為に基づく債務の履行として給付を受けたBは,給付を受けた時にその行為が取り消すことができるものであることを知らなかったときは,その行為によって現に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」という肢(R3 問5 エ)は正しいです。強迫には第三者の詐欺のような制限(96条2項)がないので、第三者Aに強迫されたBは、強迫について善意のCに対する贈与も取り消すことができます。そのうえでCは無償行為の善意の受領者なので、受け取った金銭を遊興のために使ってしまっていれば、返還すべき利益は残っておらず、返還義務を負いません。また、行為の時に意思能力を有しなかった者は、現に利益を受けている限度において返還の義務を負い、行為の時に制限行為能力者であった者も同じです(同条3項)。現存利益に縮減されるのは制限行為能力者の側だけで、その相手方は受け取った物をすべて返さなければなりません。「未成年者を一方当事者とする売買契約が行為能力の制限を理由として取り消されて無効となった場合には、当該売買契約に基づく債務の履行として給付を受けた相手方は、現に利益を受けている限度において、その給付について返還の義務を負う」という肢(R4 問4 オ)は誤りです。
- 原則(121条の2第1項)相手方を原状に復させる義務を負い、受け取った物をすべて返します
- 無効な無償行為の善意の受領者(同条2項)給付を受けた当時、無効であること・取り消すことができるものであることを知らなければ、現存利益の返還で足ります
- 意思能力を有しなかった者(同条3項前段)現存利益の返還で足ります
- 行為の時に制限行為能力者であった者(同条3項後段)現存利益の返還で足ります

賭博や遊興で使ってしまった金銭は現存利益がなく、生活費や借金の返済に充てた金銭は現存利益があるとされます
現存利益があるかどうかは、受け取った金銭がどう使われたかで決まります。生活費や既存の債務の弁済のように、本来どのみち支出しなければならなかった費用に充てたときは、その分だけ自分の財産の減少を免れているので、利益は形を変えて残っているとされます。これに対し、賭博や遊興のような浪費に使ったときは、そうした支出を免れたとはいえないので、利益は現存しないとされます。判例も、制限行為能力者が借入金を賭博に浪費した場合には、利益は現存しないとしています(最判昭和50年6月27日)。借入金を賭博で費消していた制限行為能力者は、借入金全額を返還する義務を負いません。まじめに生活費に使った人のほうが多く返すことになりますが、手元に残った利益を返させるという仕組みからはそうなります。
取消しの効果は遡りますが、目的物が動産であれば、取消し前に善意無過失で譲り受けて占有を始めた者は即時取得で保護されます
強迫による取消しには、詐欺の96条3項のような第三者保護の規定がありません。強迫された表意者は、だまされた表意者より保護すべき要請が強いからです。そのため不動産であれば、強迫による取消しは取消し前の第三者にも対抗できます。しかし目的物が動産であれば、取引行為によって平穏かつ公然と占有を始めた善意無過失の者は、即時にその動産の権利を取得します(192条)。強迫されて引き渡した物は盗品や遺失物ではないので、2年間の回復請求(193条)もできません。取消し前に買主から善意無過失で買い受けて引渡しを受けた者に対し、強迫を理由に取り消した売主は動産の返還を求めることができません。取消し後に譲り受けた者でも同じで、未成年を理由に取り消された後に買主から善意無過失で買い受けて現実の引渡しを受けた事例で、「Cは、甲動産を即時取得する」という肢(R4 問8 イ)は正しいです。不動産について取消し前後の第三者との関係は、取消しと登記の語で扱います。
民法 第121条(取消しの効果)
取り消された行為は、初めから無効であったものとみなす。
民法 第121条の2第1項無効な行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、相手方を原状に復させる義務を負う。
民法 第121条の2第2項前項の規定にかかわらず、無効な無償行為に基づく債務の履行として給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が無効であること(給付を受けた後に前条の規定により初めから無効であったものとみなされた行為にあっては、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであること)を知らなかったときは、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。
民法 第121条の2第3項第一項の規定にかかわらず、行為の時に意思能力を有しなかった者は、その行為によって現に利益を受けている限度において、返還の義務を負う。行為の時に制限行為能力者であった者についても、同様とする。
民法 第748条第1項婚姻の取消しは、将来に向かってのみその効力を生ずる。
試験ではこう問われる
- 取り消された行為は初めから無効であったものとみなされるが、婚姻の取消しは将来に向かってのみ効力を生じ、婚姻時に遡らない(121条・748条1項。R7 問20 ア ○・R3 問20 エ ×)
- 無効な行為に基づいて給付を受けた者は原状回復義務を負い、全部返還が原則である(121条の2第1項)
- 錯誤で取り消された無償行為の受領者は、給付を受けた時に取り消すことができると知らなければ、現存利益の返還で足りる(121条の2第2項。R3 問5 エ ○)
- 制限行為能力を理由に売買が取り消されたとき、現存利益の返還で足りるのは制限行為能力者の側で、相手方は全部を返還する(121条の2第3項。R4 問4 オ ×)
- 意思能力を有しなかった者も、現に利益を受けている限度で返還すれば足りる(121条の2第3項前段)
- 借入金を賭博で費消していれば現存利益はなく、全額を返還する義務はない(最判昭和50年6月27日)
- 取消しの前でも後でも、動産を善意無過失で買い受けて現実の引渡しを受けた者は即時取得する(192条。R4 問8 イ ○)

