債務不履行責任と不法行為責任の比較(横断)さいむふりこうせきにんとふほうこういせきにんのひかく
債務不履行責任と不法行為責任の比較とは、同じ損害について契約上の債務の不履行(415条)と不法行為(709条)のどちらで賠償を求めるかによって変わる、立証責任・遅滞の時期・近親者の慰謝料・過失相殺・相殺の禁止・時効などの違いを並べた整理です。
工場で働く人が事故で亡くなったとき、遺族は会社に対して、雇用契約上の安全配慮義務の違反(債務不履行)と、不法行為のどちらでも損害賠償を請求できます。どちらの構成をとるかで、誰が落ち度を証明するか、いつから遅延損害金がつくか、遺族自身の慰謝料を請求できるか、時効の期間などが変わります。この語では、各語で扱った規定と判例から、二つの責任が分かれる点を集めて並べます。

債務不履行では債務者が帰責事由のないことを、不法行為では被害者が加害者の過失を証明しますが、安全配慮義務違反では義務の内容と違反の事実は請求する側が主張立証します
415条1項ただし書は、債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは損害賠償を請求できないと定め、帰責事由のないことは債務者が主張立証します。これに対し709条の故意又は過失は、請求する被害者が主張立証します。もっとも、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行の請求では、判例は、損害賠償を請求する者が安全配慮義務の内容を特定し、義務違反に当たる事実を主張立証する責任を負うとしています(最判昭和56年2月16日)。安全配慮義務は、ある法律関係に基づいて特別な社会的接触の関係に入った当事者間で信義則上負う義務とされています(最判昭和50年2月25日)。詳しくは信義則上の義務の語で扱います。
不法行為の賠償債務は損害の発生と同時に遅滞に陥りますが、債務不履行による賠償債務は期限の定めのない債務として請求を受けた時から遅滞に陥ります
不法行為による損害賠償債務は、催告を要することなく損害の発生と同時に遅滞に陥ります(最判昭和37年9月4日)。「不法行為に基づく損害賠償債務の債務者は、履行の請求を受けた時から遅滞の責任を負う」という肢(R5 問16 オ)は誤りです。これに対し判例は、安全配慮義務違反を理由とする債務不履行による損害賠償債務は期限の定めのない債務で、412条3項により債権者から履行の請求を受けた時に初めて遅滞に陥るとしています(最判昭和55年12月18日)。安全配慮義務違反による損害賠償債務は、損害発生の時から遅滞に陥るわけではありません。
近親者の固有の慰謝料は不法行為では認められますが、雇用契約上の安全配慮義務違反の債務不履行構成では遺族は固有の慰謝料を請求できません
711条は、生命を侵害された被害者の父母・配偶者・子に固有の慰謝料請求権を認めていますが、これは不法行為の規定です。判例は、雇用契約上の安全配慮義務違反で死亡した労働者の遺族は、その契約の当事者ではないので、債務不履行を理由に固有の慰謝料請求権を取得するとはいえないとしています(最判昭和55年12月18日)。遺族が固有の慰謝料を求めるなら、不法行為構成をとることになります。

過失相殺、失火責任法、相殺の禁止、時効でも両者の扱いは分かれます
418条は、債務の不履行又は損害の発生・拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所はこれを考慮して損害賠償の責任及びその額を定めると定めており、考慮は必要的で、責任自体を否定することもできます。不法行為の722条2項は「額を定めることができる」とするにとどまり、考慮は裁量的で、責任の否定までは定めていません。失火責任法は709条の適用を重大な過失に限る法律なので、債務不履行には適用されません(最判昭和30年3月25日)。賃借人が失火で賃借建物を焼失させた場合、軽い過失でも債務不履行責任を負います。509条は、悪意による不法行為の損害賠償債務と、人の生命・身体の侵害による損害賠償債務(債務不履行によるものを含む)の債務者に、それを受働債権とする相殺を禁じています。「債務不履行に基づく損害賠償請求権を受働債権とする相殺は,その損害賠償請求権が人の生命又は身体の侵害によるものであっても,することができる」という肢(R3 問17 イ)は誤りです。被害者の側から損害賠償債権を自働債権として相殺することは禁じられていません。改正前は不法行為債権を受働債権とする相殺が一律に禁じられていましたが、現行法では、悪意の不法行為でも人身損害でもない過失による物損の賠償債権どうしは相殺できます。時効は、債務不履行が166条(主観5年・客観10年)、不法行為が724条(主観3年・客観20年)で、生命・身体の侵害ではどちらも主観5年・客観20年にそろえられています(167条・724条の2)。「人の生命又は身体を害する不法行為に基づく損害賠償請求権は,被害者又はその法定代理人が損害及び加害者を知った時から 3 年間行使しないときは,時効によって消滅する」という肢(R3 問6 エ)は誤りです。無権代理人の責任(117条)は不法行為責任ではないので、724条の3年の時効は適用されません(最判昭和32年12月5日)。
債務不履行責任と不法行為責任の比較
- 過失・帰責事由の立証: 債務不履行は債務者が帰責事由のないことを主張立証(415条1項ただし書)。不法行為は被害者が故意又は過失を主張立証(709条)。安全配慮義務違反は義務内容と違反事実を請求者が主張立証(最判昭和56年2月16日)
- 遅滞の時期: 債務不履行による賠償債務は請求を受けた時(412条3項、最判昭和55年12月18日)。不法行為は損害の発生時(最判昭和37年9月4日)
- 近親者の固有の慰謝料: 不法行為は711条で認める。安全配慮義務違反の債務不履行構成では認めない(最判昭和55年12月18日)
- 過失相殺: 債務不履行は必要的で責任の否定も可(418条)。不法行為は裁量的で額の減額(722条2項)
- 失火責任法: 不法行為にだけ適用。債務不履行には適用なし(最判昭和30年3月25日)
- 相殺の禁止: 悪意の不法行為の賠償債務と、生命・身体侵害の賠償債務(債務不履行も含む)を受働債権とする相殺が禁止(509条)
- 時効: 債務不履行は主観5年・客観10年(166条)。不法行為は主観3年・客観20年(724条)。生命・身体侵害はどちらも主観5年・客観20年(167条・724条の2)
民法 第415条第1項債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りでない。
民法 第418条(過失相殺)
債務の不履行又はこれによる損害の発生若しくは拡大に関して債権者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の責任及びその額を定める。
民法 第722条第2項被害者に過失があったときは、裁判所は、これを考慮して、損害賠償の額を定めることができる。
試験ではこう問われる
- 不法行為の賠償債務は損害の発生と同時に遅滞に陥り、履行の請求を受けた時からではない(最判昭和37年9月4日。R5 問16 オ ×)
- 安全配慮義務違反の債務不履行による賠償債務は、請求を受けた時から遅滞に陥り、遺族固有の慰謝料は認められない(最判昭和55年12月18日)
- 安全配慮義務違反では、請求者が義務の内容を特定し違反の事実を主張立証する(最判昭和56年2月16日)
- 債務不履行の過失相殺は必要的で責任自体の否定もでき、失火責任法は債務不履行に適用されない(418条・最判昭和30年3月25日)
- 生命・身体の侵害による損害賠償債務は、債務不履行によるものでも受働債権とする相殺ができない(509条2号。R3 問17 イ ×)
- 生命・身体の侵害の時効は、債務不履行も不法行為も主観5年・客観20年にそろえられている(167条・724条の2。R3 問6 エ ×)

