錯誤の効果と主張者(取消権者・表意者の重過失・取消し前の第三者・他制度との関係)さくごのこうかとしゅちょうしゃ
錯誤の効果とは、95条1項・2項の要件を満たす錯誤に基づく意思表示を取り消すことができることで、取り消せるのは表意者又はその代理人若しくは承継人に限られます(120条2項)。表意者に重大な過失があるときは、相手方が錯誤を知り又は重大な過失で知らなかったときと相手方が同一の錯誤に陥っていたときを除いて取り消せず(95条3項)、取消しは善意でかつ過失がない第三者に対抗することができません(95条4項)。
勘違いで高い買い物をした人が「やっぱりやめたい」と言えるのは、勘違いした本人を守るためです。ですから、やめるかどうかを決めるのは本人で、相手方が「あの人は勘違いしていたから契約はなかったことに」と言い出すことはできません。また、ひどい不注意で勘違いした人まで守ると相手方が困るので、重大な過失があれば原則として取り消せません。民法は、錯誤の効果を取消しとし、誰が・いつまでに取り消せるか、取り消した後に第三者がいたらどうなるかを決めています(95条3項・4項、120条2項、126条)。

錯誤による取消しができるのは表意者とその代理人・承継人だけで、相手方や第三者は取り消すことができません
錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができます(120条2項)。錯誤の制度は表意者を守るためのものだからです。表意者の契約上の地位を引き継いだ承継人は取り消すことができるので、「その意思表示によって生じた契約上の地位をAから承継したCは,錯誤を理由としてその意思表示を取り消すことができない」という肢(R3 問5 オ)は誤りです。改正前の錯誤は無効でしたが、判例は当時から、表意者自身に無効を主張する意思がないときは、相手方や第三者は無効を主張できないとしていました。所有権に基づく明渡請求の被告が、原告の所有権取得行為が原告の錯誤によることを主張しても、被告は取消権者ではないので請求を退けることはできません。
表意者が錯誤を認めているときは、債権を保全する必要がある債権者が、表意者に代わって錯誤を主張できます
例外として、判例は、表意者に対する債権を保全する必要がある第三者は、表意者が意思表示の要素の錯誤を認めているときは、表意者自身に無効を主張する意思がなくても無効を主張でき、その結果生じる表意者の債権を代位行使できるとしていました。現在は錯誤が取消しになったので、債権者は、債権者代位権(423条)の要件を満たせば、表意者の取消権とその結果生じる債権を代位行使することになると考えられています。「Aが、そのことを認めているにもかかわらず、本件意思表示の取消権を自ら行使する意思を有していないときは、Aに対して債権を有するDは、当該債権を保全するため、本件意思表示の取消権を代位行使することができる」という肢(R8 問5 ウ)は正しいです。
表意者に重大な過失があれば取り消せませんが、相手方が錯誤を知り又は重大な過失で知らなかったときと、相手方も同じ錯誤に陥っていたときは取り消せます
95条3項は、錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき(1号)と、相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき(2号)を除き、取消しをすることができないと定めています。重大な過失のある表意者より相手方を守るのが原則ですが、相手方が錯誤に気づいていた場合や同じ勘違いをしていた場合には、相手方を守る理由がないからです。「Aの重大な過失によるものであった場合には,Aは,BがAに錯誤があることを知り,又は重大な過失によって知らなかったときであっても,錯誤を理由としてその意思表示を取り消すことができない」という肢(R3 問5 ア)は誤りです。相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたときも、表意者は取り消すことができます(2号)。表意者に重大な過失がある場合に、相手方なら取り消せるということもありません。

錯誤による取消しは善意でかつ過失がない第三者に対抗できず、無償行為の善意の受領者は現に利益を受けている限度で返還します
95条4項は、第1項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができないと定めています。錯誤した表意者は自ら外観を作った虚偽表示や心裡留保の表意者ほど責められないので、第三者には善意だけでなく無過失も求められます。この第三者は取消し前に利害関係を持った者で、取消し後の第三者とは登記の先後で決まると解されています。第三者に過失があれば取消しを対抗できるので、「錯誤による意思表示であることをCが過失により知らなかったときは,Aは,Cに対し,その取消しを対抗することができる」という肢(R3 問5 ウ)は正しいです。取り消された行為は初めから無効であったものとみなされ(121条)、給付を受けた者は相手方を原状に復させる義務を負います(121条の2第1項)。ただし、無効な無償行為に基づいて給付を受けた者は、給付を受けた当時その行為が取り消すことができるものであることを知らなかったときは、現に利益を受けている限度で返還すれば足ります(121条の2第2項)。「給付を受けたBは,給付を受けた時にその行為が取り消すことができるものであることを知らなかったときは,その行為によって現に利益を受けている限度において,返還の義務を負う」という肢(R3 問5 エ)は正しいです。
取消権は追認できる時から5年、行為の時から20年で消滅し、追認すれば以後取り消すことはできません
取消権は、追認をすることができる時から5年間行使しないときは時効によって消滅し、行為の時から20年を経過したときも同様です(126条)。平成29年改正前の錯誤は無効で、無効の主張には期間の制限がありませんでしたが、現在は錯誤が取消しになったので、行為の時から20年を経過すれば取消権は消滅します。取り消すことができる行為は、取消権者が追認したときは以後取り消すことができません(122条)。改正前は、錯誤により無効な行為は、追認によってもその効力を生じず、無効と知って追認したときは新たな行為をしたものとみなされました(119条)。現在は、錯誤のある意思表示も取り消されるまでは有効で、追認は取消権を失わせるだけなので、追認によってさかのぼって効力が生じるわけではありません。
錯誤は詐欺・和解・相続放棄・遺贈の放棄とも重なり、婚姻の人違いと錯誤による他人の債務の弁済には特則があります
相手方に欺かれて重要な錯誤に陥った場合、錯誤による取消しと詐欺による取消しのどちらを主張してもかまいません。被保佐人が保佐人の同意を得てした行為は、制限行為能力を理由とする取消しができなくなるだけで、錯誤による取消しまでできなくなるわけではありません。和解については、争いの対象ではなく前提とした事項に錯誤があれば錯誤を主張できます。判例は、代金に代えて特選品の苺ジャムを引き渡す訴訟上の和解で、ジャムが粗悪品であった事案で、和解の要素に錯誤があるとして無効を認め、瑕疵担保の規定は排除されるとしました(最判昭和33年6月14日)。売買の目的物に欠陥があり買主が錯誤に陥っていた場合に、担保責任(現在の契約不適合責任)の規定が優先して錯誤の主張を排除するわけでもありません。相続放棄も私法上の法律行為なので、家庭裁判所が申述を受理した後でも錯誤を主張できます(最判昭和40年5月27日)。現在は、相続の放棄の取消しは家庭裁判所に申述してしなければならず、追認できる時から6か月・放棄の時から10年で取消権が消滅します(919条3項・4項)。遺贈の放棄も、撤回はできませんが、総則の規定による取消しは妨げられません(989条2項・919条2項)。婚姻は、人違いその他の事由によって当事者間に婚姻をする意思がないときは無効です(742条1号)。身分行為では本人の意思が何より尊重されるので、95条3項のような重大な過失による制限はありません。債務者でない者が錯誤によって債務の弁済をした場合において、債権者が善意で証書を滅失させ若しくは損傷し、担保を放棄し、又は時効によってその債権を失ったときは、その弁済をした者は返還の請求をすることができません(707条1項)。弁済を有効と信じた債権者の利益を守るためで、弁済者に重大な過失があるかは問いません。
民法 第95条第3項錯誤が表意者の重大な過失によるものであった場合には、次に掲げる場合を除き、第一項の規定による意思表示の取消しをすることができない。
一 相手方が表意者に錯誤があることを知り、又は重大な過失によって知らなかったとき。
二 相手方が表意者と同一の錯誤に陥っていたとき。
民法 第95条第4項第一項の規定による意思表示の取消しは、善意でかつ過失がない第三者に対抗することができない。
民法 第120条第2項錯誤、詐欺又は強迫によって取り消すことができる行為は、瑕疵ある意思表示をした者又はその代理人若しくは承継人に限り、取り消すことができる。
民法 第126条(取消権の期間の制限)
取消権は、追認をすることができる時から五年間行使しないときは、時効によって消滅する。行為の時から二十年を経過したときも、同様とする。
試験ではこう問われる
- 契約上の地位を表意者から承継した者も、錯誤を理由に取り消すことができる(120条2項。R3 問5 オ ×)
- 表意者に重大な過失があっても、相手方が錯誤を知り又は重大な過失で知らなかったときは取り消せる(95条3項1号。R3 問5 ア ×)
- 取消し前の第三者が錯誤を過失により知らなかったときは、取消しを対抗できる(95条4項。R3 問5 ウ ○)
- 錯誤で取り消された無償行為の善意の受領者は、現に利益を受けている限度で返還すれば足りる(121条の2第2項。R3 問5 エ ○)
- 表意者が錯誤を認めながら取消権を行使しないときは、債権者が債権保全のために取消権を代位行使できる(423条。R8 問5 ウ ○)
- 第三者のためにする契約の諾約者が錯誤で取り消せば、受益者は善意無過失を主張しても履行を求められない(539条。R4 問17 イ ×)
- 相手方は錯誤を理由に取り消せず、取消権は追認できる時から5年・行為の時から20年で消滅する(120条2項・126条)

