危険負担(536条・履行拒絶権としての構成)きけんふたん
危険負担とは、双務契約の一方の債務が当事者双方の責めに帰することができない事由によって履行できなくなった場合に、その債務の債権者が反対給付の履行を拒むことができるかという問題で、民法は債権者に反対給付の履行を拒む権利を与えています(536条1項)。
中古住宅の売買契約を結んだ後、引渡しの前に隣家からのもらい火で家が焼けてしまったとします。売主のせいでも買主のせいでもない以上、家を受け取れない買主に代金を払わせるのは酷です。民法は、こうした場合、買主は代金の支払を拒めるとしています。代金債務を完全に終わらせたいときは、契約を解除します。令和2年の改正前は、特定物の売買では家が焼けても買主が代金を払うという考え方(債権者主義)が条文にありましたが、不公平だとして廃止されました。

双方の責めに帰することができない事由で履行できなくなっても、反対給付の債務は当然には消滅せず、債権者は履行を拒めるにとどまります
536条1項は、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができると定めています。改正前は反対給付の債務が当然に消滅すると構成されていましたが、改正後は、債務を消滅させる手段を解除に一本化し、危険負担は履行を拒む権利として構成し直されました。そのため、引渡し前に第三者の失火で目的物が焼失しても、買主の代金支払債務は当然には消滅せず、売買契約が契約時に遡って無効になることもありません。代金債務から確定的に解放されたい買主は、履行不能を理由に催告なしで解除できます(542条1項1号)。債務者に帰責事由がある場合も同じで、売主の責めに帰すべき事由で目的物の引渡債務が履行不能になっても、契約は当然には失効しません。この場合、買主は代金を支払っていれば契約を解除して代金の返還を請求できます。履行が不能になった債務の履行は請求できないので(412条の2第1項)、売主は買主からの引渡請求を拒絶できます。
旧534条の債権者主義と旧535条は廃止され、引渡し前の滅失は請負でも停止条件付の売買でも536条1項で処理されます
改正前の534条1項は、特定物に関する物権の設定又は移転を目的とする双務契約では、債務者の責めに帰することができない事由による滅失・損傷は債権者の負担とし(債権者主義)、535条は停止条件付の双務契約にその例外を置いていました。この二つの条文は改正で削除され、引渡し前の滅失は536条1項(債務者主義)で、引渡し後の滅失は567条で処理されます。完成させて手元に保管していた目的物が引渡期日前に隣人の失火で焼失した場合、注文者は536条1項で報酬の支払を拒めます。停止条件付の売買で、条件成就前に隣人の失火で目的物が焼失した場合も、買主は536条1項で代金の支払を拒めます。売主の失火で焼失した場合は、売主の債務が履行不能になったので、買主は542条1項1号で解除できます。
債権者の責めに帰すべき事由で履行できなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒めず、契約を解除することもできません
536条2項は、債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は反対給付の履行を拒むことができないとし、この場合に債務者が自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならないと定めています。債権者は543条により解除もできないので、反対給付の債務はそのまま残ります。建物の滅失が買主の責めに帰すべき事由による場合、売主は買主に代金の支払を請求でき、既に代金を支払っている買主はその返還を請求できません。受領遅滞の後に双方の責めに帰することができない事由で履行が不能になったときは、その不能は債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなされるので(413条の2第2項)、受領を拒んだ買主は契約を解除できません。もっとも、受領遅滞中も売主は自己の財産に対するのと同一の注意で保存する義務を負うので(413条1項)、売主の重過失による滅失は売主の責めに帰すべき事由によるものです。この場合は、買主は代金の支払を拒めます。

訴訟で危険負担の抗弁が認められると、引換給付判決ではなく請求棄却の判決がされます
危険負担による履行拒絶は、相手方の債務がもう履行されることのない状態で反対給付を拒むものなので、同時履行の抗弁のように引換えにする余地がありません。訴訟では、買主が代金の支払を拒絶する旨を主張して抗弁とし(権利抗弁)、これが認められれば売主の代金請求は棄却されます。履行できなくなったかどうかは、契約と取引上の社会通念に照らして判断されます(412条の2第1項)。引渡し前に目的物が損傷しても、過分の費用を要することなく修復して引き渡せるときは履行不能に当たらないので、買主は危険負担を理由に代金の一部の支払を拒むことはできません。
目的物の引渡し後と、適合する物の提供を買主が拒んだ後の滅失は、買主が負担し、代金の支払を拒めません
567条1項は、売主が特定した目的物を買主に引き渡した後に、当事者双方の責めに帰することができない事由によって目的物が滅失・損傷したときは、買主は追完請求・代金減額請求・損害賠償請求・解除ができず、代金の支払も拒めないと定めています。同条2項は、売主が契約の内容に適合する目的物で履行を提供したのに買主が受領を拒んだ後の滅失・損傷も同じとしています。中古住宅を引き渡した2日後に隣人の失火で全焼した場合、買主は代金を支払わなければなりません。危険は所有権ではなく引渡しで移るので、所有権を代金完済時に移転する特約があっても、引渡し後に滅失すれば買主は代金の支払を拒めません。反対に、品質が契約の内容に適合しない物を提供して受領を拒まれた場合は567条2項の要件を満たさないので、その後に滅失すれば買主は536条1項で代金の支払を拒むことができます。危険の移転は売買の語で詳しく扱います。
賃貸借・請負・寄託では、目的物の滅失や履行不能の扱いが契約ごとの規定で補われています
賃借物の全部が滅失その他の事由により使用及び収益をすることができなくなった場合には、賃貸借はこれによって終了します(616条の2)。滅失が賃借人の責めに帰すべき事由によるときも賃貸借は当然に終了し、賃借人はそれ以降の賃料を支払う義務を負わず、損害賠償の問題になるだけです。一部が使えなくなった場合は、それが賃借人の責めに帰することができない事由によるときは、賃料は使えなくなった部分の割合に応じて減額されます(611条1項)。「賃借物の一部が滅失し,使用及び収益をすることができなくなった場合であっても,それが賃貸人の責めに帰すべき事由によるものでなければ,その賃料が減額されることはない」という肢(R3 問19 オ)は誤りです。請負では、建築途中の建物が双方の責めに帰することができない事由で滅失しても、新たに建築することができる限り仕事の完成義務は残るので、請負人は完成させなければ請負代金全額を請求できません。有償寄託で受寄者の責めに帰することができない事由により返還債務が履行不能になったときは、受寄者は既にした履行の割合に応じた報酬を請求できるだけで(665条・648条3項)、履行不能になった後の期間の報酬は請求できません。
民法 第536条(債務者の危険負担等)
当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる。
債権者の責めに帰すべき事由によって債務を履行することができなくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができない。この場合において、債務者は、自己の債務を免れたことによって利益を得たときは、これを債権者に償還しなければならない。
民法 第413条の2第2項債権者が債務の履行を受けることを拒み、又は受けることができない場合において、履行の提供があった時以後に当事者双方の責めに帰することができない事由によってその債務の履行が不能となったときは、その履行の不能は、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなす。
民法 第567条第1項売主が買主に目的物(売買の目的として特定したものに限る。以下この条において同じ。)を引き渡した場合において、その引渡しがあった時以後にその目的物が当事者双方の責めに帰することができない事由によって滅失し、又は損傷したときは、買主は、その滅失又は損傷を理由として、履行の追完の請求、代金の減額の請求、損害賠償の請求及び契約の解除をすることができない。この場合において、買主は、代金の支払を拒むことができない。
試験ではこう問われる
- 双方の責めに帰することができない事由による不能では、債権者は反対給付の履行を拒めるが、反対給付の債務は当然には消滅せず、終わらせるには解除する(536条1項・542条1項1号)
- 旧534条の債権者主義と旧535条(停止条件付の双務契約)は削除され、引渡し前の滅失は536条1項で処理される
- 債権者の責めに帰すべき事由による不能では反対給付を拒めず、解除もできず、債務者は免れた利益を償還する(536条2項・543条)
- 受領遅滞後に双方の責めに帰することができない事由で不能になれば、債権者の責めに帰すべき事由によるものとみなされる(413条の2第2項)
- 引渡し後の滅失は買主の負担で、所有権を代金完済時に移す特約があっても代金の支払を拒めない(567条1項)
- 賃借物の一部が賃借人の責めに帰することができない事由で使えなくなれば、賃貸人に帰責事由がなくても賃料は減額される(611条1項。R3 問19 オ ×)
- 賃借物の全部が滅失して使えなくなれば、賃貸借は終了する(616条の2)

