相殺の抗弁と重複起訴(抗弁先行型・抗弁後行型・本訴反訴・訴訟上の相殺の再抗弁)そうさいのこうべんとじゅうふくきそ
相殺の抗弁と重複起訴とは、別の訴訟で請求している債権を自働債権として相殺の抗弁を主張することが、重複起訴の禁止(142条)の趣旨に触れて許されないかという問題をいいます。相殺の判断には既判力が生じる(114条2項)ため、判例は、別訴で訴訟物となっている債権による相殺の抗弁を許さない一方、本訴と反訴の間や明示的一部請求の残部による相殺は許しています。
AがBに代金を請求し、BもAに貸金を請求しているとき、Bは自分の貸金と相殺して代金を払わないと主張したくなります。ところが、その貸金をすでに別の裁判で請求していると、同じ貸金の存否を二つの裁判で審理することになります。しかも相殺の判断には既判力が生じるので、二つの判決が食い違うおそれがあります。相殺の抗弁は訴えではないので重複起訴の禁止(142条)が直接働くわけではありませんが、判例はその趣旨を及ぼして調整しています。

別訴で請求している債権を自働債権とする相殺の抗弁は、142条の趣旨から許されません
相殺のために主張した請求の成立・不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を持ちます(114条2項)。「AのBに対する 150 万円の貸金返還請求訴訟において,BがAに対する 200 万円の売買代金債権をもって相殺する旨の抗弁を主張したところ,当該売買代金債権の存在が認められず,Aの請求を認容する判決が確定した場合には,当該確定判決は,当該200 万円の売買代金債権の不存在について既判力を有する」という肢(R2 午後 問5 ア)は誤りで、既判力が生じるのは対抗した150万円の部分だけです。そのため、別訴で訴訟物になっている債権を他の訴訟で自働債権として相殺の抗弁に使うと、同じ債権の存否について二つの手続で審理され、既判力ある判断が矛盾するおそれが生じます。判例は、係属中の別訴で訴訟物になっている債権を自働債権として他の訴訟で相殺の抗弁を主張することは許されないとしました(最判平成3年12月17日)。両訴訟の弁論が併合されていても、後で分離される可能性があるので結論は変わらないとされています。訴えが先、相殺の抗弁が後になるこの場面を抗弁後行型と呼びます。相殺の担保的機能を重視して相殺の抗弁を許すべきだとする見解もありますが、判例は採っていません。逆に、相殺の抗弁を先に出した後でその自働債権を別訴で請求する場面(抗弁先行型)は、反訴によればよいので別訴は許されないとする見解と許されるとする見解に分かれています。
明示的一部請求の残部を自働債権とする相殺の抗弁は、特段の事情がない限り許されます
判例は、一個の債権の一部であることを明示して訴えている者が、その残部を自働債権として他の訴訟で相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情がない限り許されるとしました(最判平成10年6月30日)。明示した一部請求の訴訟物は請求した部分だけなので、残部とは審判の対象が重ならないうえ、相殺の抗弁は相手方の訴えを受けて出す防御手段で、簡易迅速な決済の機能を守る必要があるからです。一部請求の全体は「一部請求」で扱います。

本訴と反訴が係属している場合には、相殺の抗弁は許され、反訴は予備的反訴に変わります
同じ手続の中の本訴と反訴であれば、審理が重複したり判断が矛盾したりするおそれは制度的に避けられます。判例は、本訴と反訴が係属中に、反訴原告が反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する抗弁を主張することは禁じられないとし、この場合、反訴原告が別の意思を示さない限り、反訴は、反訴請求債権について本訴で相殺の自働債権として既判力ある判断が示されたときはその部分を反訴請求としない趣旨の予備的反訴に変わると解しました(最判平成18年4月14日)。また判例は、本訴原告が、本訴の訴訟物である債権の全部または一部が時効で消滅したと判断されることを条件として、反訴でその時効消滅した部分を自働債権とする相殺の抗弁を主張することも許されるとしました(最判平成27年12月14日)。時効消滅の判断を前提に初めて相殺を審理するので、本訴の判断と矛盾せず審理も重複しないうえ、時効で消滅した債権でも消滅前に相殺適状にあれば相殺できる(民法508条)趣旨にもかなうからです。
相殺の抗弁に対して、原告が別の債権による訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは許されません
訴訟上の相殺の抗弁は、裁判所が受働債権の存在を認めることを条件とする予備的な抗弁です。判例は、これに対して原告がさらに別の債権で訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは、仮定の上に仮定を重ねて当事者間の法律関係を不安定にし、審理を錯雑にするので許されないとしました(最判平成10年4月30日)。原告は、その債権について別訴を起こすか訴えの追加的変更をすれば確定的な判断を得られるので、再抗弁による必要もありません。なお、前の訴訟で訴え却下の判決が確定した債権を、後の訴訟で相殺の抗弁に使うことは妨げられません。訴え却下判決の既判力は却下の理由とされた訴訟要件の欠缺について生じるだけで、債権の存否は判断されていないからです。「訴えを却下する判決は、当該判決において訴えが不適法である理由とされた訴訟要件の欠缺について、既判力を有しない」という肢(R8 午後 問4 イ)は誤りです。相殺の抗弁の判断の既判力(114条2項)の範囲や、判決確定後の相殺と請求異議は「相殺の抗弁と既判力」で扱います。
- 別訴で請求中の債権による相殺の抗弁(抗弁後行型)許されません(最判平成3年12月17日)
- 明示的一部請求の残部による相殺の抗弁特段の事情がない限り許されます(最判平成10年6月30日)
- 反訴請求債権による本訴請求債権との相殺許され、反訴は予備的反訴に変わります(最判平成18年4月14日)
- 本訴請求債権が時効消滅と判断されることを条件とする反訴での相殺許されます(最判平成27年12月14日)
- 相殺の抗弁に対する訴訟上の相殺の再抗弁許されません(最判平成10年4月30日)
民事訴訟法 第114条第2項相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
民事訴訟法 第142条(重複する訴えの提起の禁止)
裁判所に係属する事件については、当事者は、更に訴えを提起することができない。
試験ではこう問われる
- 相殺のために主張した請求の成立・不成立の判断は、相殺をもって対抗した額についてだけ既判力を持つ(114条2項、R2 午後 問5 ア ×)
- 係属中の別訴で訴訟物になっている債権を自働債権とする相殺の抗弁は許されない(最判平成3年12月17日)
- 明示的一部請求の残部を自働債権とする別訴での相殺の抗弁は、特段の事情がない限り許される(最判平成10年6月30日)
- 本訴・反訴の係属中に、反訴請求債権を自働債権として本訴請求債権と相殺する抗弁は許され、反訴は予備的反訴に変わる(最判平成18年4月14日)
- 本訴請求債権が時効消滅と判断されることを条件として、反訴でその債権を自働債権とする相殺の抗弁は許される(最判平成27年12月14日)
- 相殺の抗弁に対し、原告が別の債権で訴訟上の相殺を再抗弁として主張することは許されない(最判平成10年4月30日)
- 訴え却下判決の既判力は理由とされた訴訟要件の欠缺について生じ(R8 午後 問4 イ ×)、債権の存否には及ばないので、その債権で後の訴訟の相殺の抗弁を出せる

