一部請求(訴訟物の範囲・明示の要否・時効・相殺と過失相殺の外側説・残部による相殺)いちぶせいきゅう
一部請求とは、一個の金銭債権のうち数量的な一部だけについて判決を求める訴えをいいます。判例は、一部であることを明示した場合には訴訟物はその一部に限られるとし、相殺の抗弁や過失相殺は債権の総額から差し引いて判断する外側説を採っています。
1000万円の損害を受けたと考えていても、勝てるかどうか分からないうちは、まず400万円だけ請求して様子を見たい人がいます。訴えの手数料は請求額で決まるので、試しに一部だけ訴えるのには合理性があります。こうした一個の金銭債権の数量的な一部だけを請求する訴えを一部請求といいます。判例は、一部であることを明示すれば訴訟物はその一部に限られるとしつつ、相殺や過失相殺は債権全体から差し引くという扱いをしています。

一部であることを明示した一部請求では、訴訟物はその一部に限られます
原告は、何についてどれだけの判決を求めるかを自分で決められる(246条)ので、一個の金銭債権を分けて一部だけ訴えることも許されます。判例は、一個の債権の数量的な一部についてだけ判決を求めることを明示して訴えた場合、訴訟物になるのはその一部の存否だけで、債権全部の存否ではないとしています(最判昭和37年8月10日)。したがって、明示した一部請求の確定判決の既判力は残部の請求には及びません。一部請求が棄却された場合も、既判力を理由に残部請求を遮断することはできません。一部請求を全部認容する判決が確定した場合も同じで、「AのBに対する 150 万円の貸金債権の一部請求である旨が明示された 100 万円の貸金返還請求訴訟において,その請求を認容する判決が確定した場合には,当該確定判決は,当該 100 万円の貸金債権の存在についてのみ既判力を有する」という肢(R2 午後 問5 ウ)は正しいです。これに対し、一部であることを明示しなかったときは、請求した額が債権の全部として扱われ、勝訴の確定判決を得た後で一部請求にすぎなかったと主張して残部を求めることは許されません(最判昭和32年6月7日)。明示を求めるのは、明示があれば被告は残部の債務不存在確認の反訴などで備えられるのに、明示がなければ被告は紛争がすべて終わったと期待するからです。
明示的一部請求で敗訴した後の残部請求は、特段の事情がない限り信義則で遮断されます
既判力が残部に及ばないとしても、一部請求が棄却された後に残部を請求し直せるとは限りません。判例は、金銭債権の数量的一部請求訴訟で敗訴した原告が残部請求の訴えを提起することは、特段の事情がない限り信義則に反して許されないとしました(最判平成10年6月12日)。一部請求でも裁判所は債権全体を審理しており、棄却判決は債権全体が存在しないという判断を意味するからです。既判力の範囲と信義則による遮断の詳しい中身は「一部請求と残部請求(既判力)」で扱います。
明示的一部請求の訴えの提起による時効の効力は、請求した一部について生じ、残部には裁判上の催告の効力が生じます
訴えの提起による時効の効力は、訴訟物について生じます。判例は、一部であることを明示した訴えでは、時効の効力(当時の中断)は請求した一部についてだけ生じ、残部には及ばないとしていました(最判昭和34年2月20日)。そのうえで、明示的一部請求の訴えは、特段の事情のない限り、残部について裁判上の催告として時効の効力を生じ、債権者は訴訟の終了後6か月以内に裁判上の請求などの措置をとれば残部の時効も確定的に止められるとしました(最判平成25年6月6日)。請求した部分と残部は請求原因事実を基本的に同じくし、訴訟の係属中は残部についても権利行使の意思が表示され続けているとみられるからです。現行の民法では、裁判上の請求は時効の完成猶予事由(民法147条1項1号)、確定判決による権利の確定は更新事由(同条2項)で、催告は6か月の完成猶予にとどまります(民法150条1項)。残部に及ぶのは催告としての効力だけなので、裁判上の請求による完成猶予が債権全部について生じるわけではありません。
相殺の抗弁と過失相殺は、債権の総額から差し引き、残りが請求額を超えれば請求額を全部認容します
一部請求に対して被告が相殺の抗弁を出し、それに理由がある場合、判例は、まず債権の総額を確定し、そこから自働債権の額を差し引いた残存額を計算して、一部請求の額が残存額の範囲内ならそのまま認容し、残存額を超えるときは残存額の限度で認容すべきだとしました(最判平成6年11月22日)。これを外側説といいます。相殺は債権全体を対象に効力を生じるうえ、原告は債権の一部が消える可能性も考えて一部だけを請求するのが通常だからです。1000万円の債権のうち400万円を請求し、400万円の相殺の抗弁に理由があるときは、残存額600万円が請求額を超えるので400万円全部を認容します。相殺の抗弁に理由があっても請求を棄却するのではなく、請求額から自働債権の額を控除するのでもありません。過失相殺も同じで、判例は損害の全額から過失割合による減額をし、その残額が請求額を超えないときは残額を、超えるときは請求の全額を認容するとしました(最判昭和48年4月5日)。損害総額300万円のうち240万円を明示して請求し、5割の過失相殺をすべきときは、残額150万円が請求額を下回るので150万円を認容します。総額1000万円から2割を引いた800万円を請求し、5割の過失相殺をすべきときは、1000万円の5割の500万円を認容します。請求額800万円から5割を引いた400万円ではありません。

一部請求の訴訟中でも、残部を自働債権として別の訴訟で相殺の抗弁に使うことは、特段の事情がない限り許されます
別の訴訟で請求中の債権を相殺の抗弁に使うことは、重複起訴の禁止(142条)の趣旨から許されないとされています。しかし判例は、一個の債権の一部であることを明示して訴えている者が、その残部を自働債権として他の訴訟で相殺の抗弁を主張することは、債権の分割行使が訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情がない限り許されるとしました(最判平成10年6月30日)。明示した一部請求の訴訟物は請求した一部だけなので残部とは審判の対象が重ならず、相殺の抗弁は相手方の訴えを受けて出す防御の手段で、簡易迅速な決済の機能を守る必要があるからです。相殺の抗弁と重複起訴の全体は「相殺の抗弁と重複起訴」で扱います。控訴審での請求の拡張と控訴の利益は「上訴の利益」「附帯控訴」で扱います。
- 訴訟物明示があれば請求した一部だけです(最判昭和37年8月10日)
- 既判力と残部請求既判力は残部に及びませんが、敗訴後の残部請求は信義則で原則として許されません(最判平成10年6月12日)
- 時効請求した一部に完成猶予・更新が生じ、残部には裁判上の催告の効力が生じます(最判平成25年6月6日)
- 相殺・過失相殺債権の総額から差し引く外側説です(最判平成6年11月22日・最判昭和48年4月5日)
- 残部による相殺特段の事情がない限り許されます(最判平成10年6月30日)
民事訴訟法 第114条第1項確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
民法150条1項催告があったときは、その時から六箇月を経過するまでの間は、時効は、完成しない。
試験ではこう問われる
- 一部であることを明示した一部請求の訴訟物はその一部だけで、認容判決の既判力は請求した一部の債権の存在についてのみ生じる(最判昭和37年8月10日、R2 午後 問5 ウ ○)
- 明示がない場合、全部勝訴の確定判決後に一部請求だったと主張して残部を求めることは許されない(最判昭和32年6月7日)
- 明示的一部請求で敗訴した原告の残部請求は、既判力ではなく信義則により、特段の事情がない限り許されない(最判平成10年6月12日)
- 明示的一部請求の時効の効力は一部について生じ、残部には裁判上の催告としての効力がある(最判平成25年6月6日)
- 一部請求での相殺の抗弁は、債権総額から自働債権を控除した残存額で判断する外側説による(最判平成6年11月22日)
- 一部請求での過失相殺は、損害の全額から減額した残額が請求額を超えれば請求額を全部認容する(最判昭和48年4月5日)
- 明示的一部請求の残部を自働債権として別訴で相殺の抗弁に使うことは、特段の事情がない限り許される(最判平成10年6月30日)

