信義則と訴訟上の権能の濫用(2条・訴権の濫用・攻撃防御方法の提出と信義則)しんぎそくとそしょうじょうのけんのうのらんよう
信義則とは、当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならないという原則(2条)です。訴訟上の権能の濫用とは、訴えの提起・忌避の申立て・管轄の選択などの訴訟上の権能を、制度の趣旨に反する目的で行使することで、信義則に反するものとして効力が否定されます。
裁判を起こす権利は誰にでもありますが、勝ち目がないと知りながら相手を困らせるために訴えたり、前の裁判で負けたのに形を変えて同じ争いを持ち出したりすれば、相手は何度も応訴を強いられます。民事訴訟法は2条で当事者に信義誠実な訴訟の追行を求め、こうした権能の使い方を制限しています。ただし裁判を受ける権利は最大限尊重されるべきなので、信義則で訴えや主張を封じるのは例外の場面に限られます。

2条は当事者に信義誠実な訴訟追行を求め、違反は4つの場面に分けて考えられています
かつて民事訴訟法に信義則の規定はなく、民法1条2項が類推されていましたが、現行法は2条で「当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない」と定めました。民法と違って権利の濫用を別に定める条文がないので、訴訟上の権能の濫用も2条の信義則の中で論じられます。訴訟行為が信義則に反する場面は、一般に次の4つに分けて説明されます。どの場面でも、相手方の信頼や応訴の負担と、権能を行使する側の事情とを比べて判断します。
- 訴訟状態の不当形成の排除故意に一定の訴訟状態を作り出した場合にその効果を認めません。本来訴訟を追行する意思のない共同被告への請求を併せて併合請求の裁判籍(7条)を作り、すぐ取り下げた事案で、管轄選択権の濫用として管轄を否定し、管轄裁判所に移送した裁判例があります(札幌高決昭和41年9月19日)
- 訴訟上の禁反言先行行為で相手方に信頼させた後、矛盾する行為で不利益を与えることを許しません。前訴で売買ではなく消費貸借だと主張して勝訴した被告が、後の貸金返還請求で消費貸借の成立を否認することは信義則に反することが強くうかがわれるとされました(最判令和元年7月5日)
- 訴訟上の権能の失効長く権能を行使しなかったため相手方がもう行使されないと信頼した場合に、その行使を認めません。期間制限のない通常抗告などで問題になります
- 訴訟上の権能の濫用忌避権の濫用や訴権の濫用のように、権能を制度の目的から外れて使うことを許しません
訴えの提起は原則として正当な行為で、不法行為になるのは裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠く場合に限られます
最判昭和63年1月26日は、法的紛争の解決を裁判所に求めることは法治国家の根幹にかかわり、裁判を受ける権利は最大限尊重されるべきなので、訴えの提起は原則として正当な行為であり、敗訴の確定判決を受けたことだけで違法になるわけではないとしました。そのうえで、訴えの提起が相手方に対する違法な行為となるのは、提訴者が当該訴訟で主張した権利又は法律関係が事実的、法律的根拠を欠くものであるうえ、提訴者がそのことを知りながら又は通常人であれば容易にそのことを知り得たのにあえて訴えを提起したなど、訴えの提起が裁判制度の趣旨目的に照らして著しく相当性を欠くと認められるときに限られるとしています。提訴の段階で高度の調査を求めると、裁判制度の自由な利用が妨げられるからです。結論が誤っていたことや、敗訴したことだけで不法行為になるという言い方は、この規範に反します。
訴権を濫用した訴えは、訴えの利益の問題として不適法とされ、却下されます
最判昭和53年7月10日は、有限会社の持分を相当の対価を得て自ら譲渡し、会社の経営から退いた者が、譲渡を承認する社員総会の決議がされていないと主張して、長い年月の後に決議不存在確認の訴えを起こした事案です。最高裁は、この者は総会の承認を得るよう努めるべき立場にあり、当時会社を支配していて承認を得るのは極めて容易だったのに、相当の年月を経てから会社支配の回復を図る意図で訴えたもので、譲受人らに対し著しく信義に反し、認容判決が第三者にも効力を有することも考えると、訴えの提起は訴権の濫用に当たり不適法であるとして訴えを却下しました。訴権の濫用は請求に理由がないという本案の問題ではなく、訴えそのものを不適法とする訴訟要件の問題として扱われます。

既判力が及ばない後訴でも、実質的に前訴の蒸し返しであれば信義則で遮断されることがあります
既判力は判決主文の判断、つまり訴訟物について生じるので、訴訟物が違う後訴には及びません。しかし最判昭和51年9月30日は、農地買収処分の無効を前提に土地の取戻しを求めた前訴で敗訴した者の相続人が、訴訟物を変えて同じ目的の後訴を起こした事案で、後訴は実質的に前訴の蒸し返しであり、前訴で同じ請求をするのに支障がなく、買収処分から約20年を経て相手方の地位を不当に長く不安定にすることを考えると、信義則に照らして許されないとして、訴えを却下した原審の判断を是認しました。同じ考え方は明示の一部請求にも及びます。判例(最判平成10年6月12日)は、金銭債権の数量的一部請求で敗訴した原告が残部を請求する訴えを提起することは、特段の事情がない限り信義則に反して許されないとしました。一部請求を棄却する判決は債権の全部について審理したうえで残部も存在しないと判断したものだからです。他方で、「AのBに対する 150 万円の貸金債権の一部請求である旨が明示された 100 万円の貸金返還請求訴訟において,その請求を認容する判決が確定した場合には,当該確定判決は,当該 100 万円の貸金債権の存在についてのみ既判力を有する」という肢(R2 午後 問5 ウ)は正しいです。既判力は残部に及ばないので、残部請求を遮断するには信義則が働く必要があります。残部請求の遮断の詳細は、一部請求と残部請求の語で扱います。
再訴の禁止や重複起訴の禁止も、制度の趣旨に照らして必要な範囲でだけ働き、残部による相殺は権利の濫用に当たらない限り許されます
信義則とは逆向きに、訴訟上の制限を趣旨の範囲に絞る判例もあります。本案の終局判決後に訴えを取り下げた者は同一の訴えを提起できません(262条2項)が、最判昭和52年7月19日は、この規定は終局判決を得た後に取り下げて裁判を徒労に帰せしめたことへの制裁であり、同一紛争を蒸し返して訴訟制度をもてあそぶ事態を防ぐものだとして、「同一の訴え」とは当事者と訴訟物が同じであるだけでなく、訴えの利益又は必要性の点でも事情を一にする訴えをいうとしました。したがって、取下げ後に再訴を正当とする新たな利益又は必要性が生じたときは、訴訟物が同じでも再訴できます。また最判平成10年6月30日は、一部であることを明示して訴えている者がその残部を自働債権として別の訴訟で相殺の抗弁を出すことについて、相殺の抗弁は相手方の提訴を契機とする防御の手段であり簡易迅速かつ確実な決済の機能をもつので、債権の分割行使をすることが訴訟上の権利の濫用に当たるなど特段の事情がない限り許されるとしました。
民事訴訟法 第2条(裁判所及び当事者の責務)
裁判所は、民事訴訟が公正かつ迅速に行われるように努め、当事者は、信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない。
民事訴訟法 第262条第2項本案について終局判決があった後に訴えを取り下げた者は、同一の訴えを提起することができない。
試験ではこう問われる
- 当事者は信義に従い誠実に民事訴訟を追行しなければならない(2条)
- 訴えの提起が不法行為になるのは、主張した権利が事実的・法律的根拠を欠き、そのことを知りながら又は容易に知り得たのにあえて提起したなど著しく相当性を欠く場合に限られる(最判昭和63年1月26日)
- 訴権の濫用に当たる訴えは不適法として却下される(最判昭和53年7月10日)
- 明示の一部請求を認容した確定判決は、請求した一部の債権の存在についてのみ既判力を有する(R2 午後 問5 ウ ○)
- 数量的一部請求で敗訴した原告の残部請求は、既判力は及ばないが、特段の事情がない限り信義則に反して許されない(最判平成10年6月12日)
- 本案の終局判決後に取り下げた訴えも、再訴を正当とする新たな利益又は必要性があれば再訴できる(262条2項、最判昭和52年7月19日)
- 明示の一部請求の残部を自働債権とする別訴での相殺の抗弁は、権利の濫用に当たるなど特段の事情がない限り許される(最判平成10年6月30日)

