上訴の利益じょうそのりえき
上訴の利益とは、原判決に対して上訴をするために必要な不服の利益で、上訴要件の一つです。判例・通説は、原審での当事者の申立てと判決の主文を比べて、全部勝訴でないときに上訴の利益を認めます(形式的不服説)。
訴えを起こすには訴えの利益が要るのと同じように、上訴をするにも、原判決のままでは困るという不服が要ります。全部勝った人が、判決の理由づけが気に入らないというだけで上の裁判所を使えるとすると、勝ち負けの決まった事件がいつまでも終わらないからです。そこで、原審で求めたものと判決が認めたものを比べ、求めたものに届いていない当事者にだけ上訴を許すのが原則です。ただ、形のうえでは勝っていても実質的に失うものがある場合には、例外として上訴が認められます。

上訴の利益は、原審での申立てと判決の主文を比べて全部勝訴でないときに認められます
上訴の利益は、訴えの利益に当たる上訴要件で、欠ければ上訴は不適法として却下されます。判例・通説は、当事者が原審で申し立てたところと判決の主文とを形式的に比べ、全部勝訴でない場合に限って不服を認めます(形式的不服説)。1000万円を請求して700万円が認容されれば、原告には300万円の部分に、被告には700万円の部分に不服があります。一部判決も終局判決なので(243条2項)、残りの請求の判決を待たずに独立して控訴できます。訴訟費用の負担の裁判は主文に掲げられますが、それだけを不服として独立に控訴することはできません(282条)。請求を全部認容された原告が、訴訟費用の一部を負担させられたことだけを不服として控訴することもできません。
判決理由中の判断に不服があるだけでは、勝訴した当事者は上訴できません
既判力は主文に包含するものに限って生じ(114条1項)、理由中の判断は後の訴訟を拘束しないので、理由に不満があっても勝訴した当事者には上訴して争う必要がありません。判例は、所有権に基づく登記請求で勝訴した当事者が判決理由中の所有権の帰属の判断を攻撃して上告した事案で、既判力は訴訟物とされた登記請求権の有無を確定するにとどまり、所有権の帰属の判断を確定するものではないから、上告の前提となる利益を欠くとしました(最判昭和31年4月3日)。貸付けの事実を認めたうえ消滅時効を理由に請求を全部棄却した判決に、被告が貸付けの事実の認定を不服として控訴することはできません。被告が訴え却下を求めていたのに請求棄却判決がされた場合も、訴訟要件の具備は職権調査事項で、被告に訴訟判決を求める申立権は無いので、被告は控訴できないと解されています。勝訴している被告の法定代理人が、本人に訴訟能力がないことを理由に控訴することもできません。
請求棄却を求めた被告は、訴え却下判決に対して控訴できます
訴え却下判決も被告の勝訴には違いありませんが、門前払いの訴訟判決で請求権の有無に既判力が生じないので、原告は訴訟要件を整えて同じ請求を蒸し返せます。判例は、第一審判決が訴えの利益がないとして原告の請求を退けた事案で、形式的には被告が全部勝訴したかのように見えても、被告は原告主張の請求権が存在しないことの確定を求めるため控訴の利益を有するとしました(最判昭和40年3月19日)。「請求棄却の判決を求めていた被告は、原告の訴えを却下した第一審判決に対し、第一審判決を取り消して請求を棄却する旨の判決を求める旨の控訴をすることができる」という肢(R8 午後 問5 イ)は正しいです。量の差ではなく、本案判決か訴訟判決かという質の差を不服とみるものです。
予備的相殺の抗弁が認められて請求が棄却された被告は、自働債権を失うので控訴できます
相殺のために主張した反対債権の成立・不成立の判断には、相殺をもって対抗した額について既判力が生じます(114条2項)。相殺の抗弁が認められて請求棄却になると、被告は勝ったものの自働債権を失うので、弁済や債権の不成立など相殺以外の理由で棄却を得る利益があり、相殺を理由とする全部棄却の判決に控訴できます。弁済の主張とともに予備的に相殺を主張し、相殺で請求が棄却された場合も同じです。この場合に原告だけが控訴したときの控訴審の判決の仕方は、不利益変更禁止の原則の語で扱います。

全部勝訴した原告は請求を拡張するためだけに控訴できませんが、相手方が控訴すれば附帯控訴で拡張できます
請求を全部認容された原告は、形式的には不服が無いので、控訴審で請求を拡張するためだけに控訴することはできません。明示の一部請求なら残部は別訴で請求できるので、例外を認める必要もありません。1000万円のうち400万円の一部請求が全部認容された場合に、原告が1000万円に拡張するためだけに控訴することはできません。下級審には、相続放棄で請求できる額が増え、結果として黙示の一部請求になった事案で、このままでは残額を請求する機会を失うとして、請求拡張のための控訴の利益を認めたものがあります(名古屋高金沢支判平成元年1月30日)。一方、被告が控訴すれば、全部勝訴した原告も附帯控訴の方式で請求を拡張できます(最判昭和32年12月13日)。「被控訴人(第一審原告)は、自らの請求の拡張をするための附帯控訴をすることができない」という肢(R8 午後 問5 ウ)は誤りです。附帯控訴は相手方の控訴で開かれた審判の範囲を広げるもので、控訴の利益を要しないからです。附帯控訴の要件と効力は附帯控訴の語で扱います。
民事訴訟法 第114条(既判力の範囲)
確定判決は、主文に包含するものに限り、既判力を有する。
相殺のために主張した請求の成立又は不成立の判断は、相殺をもって対抗した額について既判力を有する。
民事訴訟法 第282条(訴訟費用の負担の裁判に対する控訴の制限)
訴訟費用の負担の裁判に対しては、独立して控訴をすることができない。
試験ではこう問われる
- 請求棄却を求めた被告は、訴え却下判決に対して取消しと請求棄却を求めて控訴できる(最判昭和40年3月19日。R8 午後 問5 イ ○)
- 全部勝訴した原告は請求拡張のためだけに控訴できないが、被告の控訴に附帯控訴して拡張できる(最判昭和32年12月13日。R8 午後 問5 ウ ×)
- 訴訟費用の負担の裁判だけを独立して争えない(282条。R5 午後 問3 オ ×)
- 上訴の利益は申立てと判決主文を比べて全部勝訴でないときに認められ、判決理由中の判断に不服があるだけでは上訴できない(最判昭和31年4月3日)
- 予備的相殺の抗弁で請求棄却となった被告は、自働債権が既判力で消滅するので控訴できる(114条2項)
- 一部判決も終局判決であり、残りの判決を待たずに控訴できる(243条2項)

