明確性の理論と過度の広汎性めいかくせいのりろんとかどのこうはんせい
明確性の理論とは、表現を規制する法令は、何が禁じられているかを通常の判断能力を有する一般人が読み取れる程度に明確でなければならないという考え方です。過度の広汎性とは、規制の範囲が必要な限度を超えて保護されるべき表現にまで及んでいることをいい、不明確な法令も過度に広汎な法令も、文面上無効とされ得ます。
市役所の前でデモ行進をしようとしたら、条例に「交通秩序を維持すること」という条件が付いていたとします。何をすれば違反になるのかが条文から読み取れなければ、人は罰を恐れて本来自由なはずのデモまで控えてしまい、警察官は自分の判断で好きな行為を取り締まれてしまいます。だから、表現を規制する法令には、通常の判断能力を有する一般人が自分の行為が規制されるかを判断できる程度の明確さが求められます。意味は分かっても規制の範囲が広すぎて守られるべき表現まで巻き込む法令も、過度に広汎なものとして無効になり得ます。

明確性の判断基準は、通常の判断能力を有する一般人の理解です
最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)は、集団行進の許可条件である「交通秩序を維持すること」の明確性が争われた事案で、判断基準を一般人の理解に置きました。ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかで決まります。基準となるのは立法者の意図でも専門家の読み方でもありません。この定式は刑罰法規の明確性として31条の問題として語られますが、表現規制の場面では21条の萎縮効果の議論と結び付きます。不明確性を理由とする違憲主張は、自分の行為が規制対象であることが明らかな場合でも、法令そのものの無効を導くものとして許される点に特徴があります。徳島市公安条例事件自体は、交通秩序の維持という条件について、殊更な交通秩序の阻害をもたらすような行為を避けるべきことを命じたものと読めるとして、明確性を欠くとはいえないと結論づけました。
- 不明確ゆえに無効何が禁じられているか一般人に読み取れない法令は、萎縮効果と恣意的執行を生むので文面上無効になり得る
- 過度に広汎ゆえに無効意味は分かるが、保護されるべき表現まで規制範囲に取り込む法令は文面上無効になり得る
- 合憲限定解釈法令全体の趣旨や施行規則を総合して規制対象を絞り、合憲として救う手法。限定の結果が明確であることが必要
- 第三者の権利の援用自分の行為が規制されて当然でも、法令が他人の保護されるべき表現に及ぶことを理由に無効を主張できる
不明確性と広汎性は、主張の立て方が異なります
不明確性の主張は、何が禁じられているか分からないという点を突くもので、萎縮効果と恣意的執行のおそれを理由とします。広汎性の主張は、意味は分かるが規制範囲が広すぎて保護されるべき表現まで及ぶという点を突きます。前者は31条の罪刑法定主義と重なり、後者は21条の比例性の問題に近づきます。広汎性の主張の特徴は、自分の行為が規制されてしかるべき悪質なものであっても、法令が他の場面で保護されるべき表現を取り込んでいることを理由に、法令自体の無効を主張できる点にあります。通常の訴訟では自己の権利侵害しか主張できないのが原則ですから、これは表現の自由の萎縮効果を重くみた例外的な扱いです。実際の事案では両方が同時に主張されることが多く、両者は分けて検討されます。

過度の広汎性の審査でも、規制目的と手段の合理性が検討されることがあります
過度に広汎な規制は、それ自体が違憲となり得ますが、処罰範囲が過度に広汎かどうかは、それだけを取り出して判定できるものではありません。その罰則がどのような法益を守ろうとしているのかを確定し、その目的を達成するために処罰範囲をそこまで広げることが必要かつ合理的といえるかを検討して初めて、目的達成に必要な限度を超えて保護されるべき行為にまで及んでいると評価できるからです。最判平成19年9月18日(広島市暴走族追放条例事件)も、規制対象を限定的に解釈したうえで、弊害を防止しようとする規制目的の正当性、弊害防止手段としての合理性、規制により得られる利益と失われる利益との均衡に照らして、いまだ憲法21条1項、31条に違反するとまではいえないとしています。文面審査と適用審査は截然と分かれるものではなく、目的の正当性や手段の相当性の評価が、どこまで限定して読むべきかの判断に影響します。表現の自由が問題となる場面では、規制の必要性が高いほど広い文言も許容されやすくなる一方、政治的表現に及ぶ場合は限定が厳しく求められます。
合憲限定解釈は可能ですが、解釈が不明確なら保障的機能を失わせます
不明確または広汎な文言でも、条例全体の趣旨や施行規則の規定を総合して解釈すれば、規制対象を絞れる場合があります。広島市暴走族追放条例は、暴走族を、暴走行為を目的として結成された集団のほか、公共の場所で公衆に不安や恐怖を覚えさせるような特異な服装で「い集、集会若しくは示威行為を行う集団」と定義し、禁止行為や市長の中止・退去命令の名宛人も「何人も」としていました。最判平成19年9月18日は、この規定の仕方は適切ではなく、文言どおりに適用されると規制の対象が広範囲に及び、憲法21条1項及び31条との関係で問題があることを正面から認めました。そのうえで、条例全体から読み取ることができる趣旨や施行規則の規定等を総合すれば、規制対象となる暴走族は、本来的な意味における暴走族と、服装、旗、言動などにおいてこれに類似し社会通念上これと同視することができる集団に限られると解しました。判例は、文言そのものが一般人にとって明確だとしたのではなく、規定の仕方の不適切さを認めたうえで限定解釈により救ったからです。暴走族の意味についての理解が国民の間で定着していることは、限定解釈の結果が社会通念と一致し、一般人に読み取れることを裏づけるもので、限定解釈を支える方向に働きます。合憲限定解釈そのものにも限界があります。限定解釈が許されるのは、限定の結果、一般国民が規定から具体的場合に規制の対象となるかどうかを判断できる基準を読み取れる場合に限られます。「表現の自由を規制する法律の規定は、一般の国民が当該規定から具体的場合に当該表現が規制の対象となるかどうかの判断が可能となるような基準を読みとることができない場合であっても、当該規定を限定して解釈することによって規制の対象となるものとそうでないものとを区別することができるときには、違憲無効であるとの評価を免れることができる」という肢(R5 問2 ア)は誤りです。最大判昭和48年4月25日(全農林警職法事件)は、争議行為の可罰的範囲を解釈で限定する手法について、不明確な限定解釈はかえって犯罪構成要件の保障的機能を失わせ、明確性を要請する憲法31条に違反する疑いすら存すると述べました。限定の結果が一般人に読み取れなければ、明確性の要請を満たしたことにならないからです。加えて、限定解釈は文言の通常の意味から著しく離れてはならず、条文を書き換えるに等しい読み方は立法権の侵害になります。

限定解釈を経て、はじめて明確性が認められる場合があります
最大判昭和59年12月12日(税関検査事件)は、輸入禁制品として「風俗を害すべき書籍、図画」等と定める規定について、風俗という用語の意味内容は性的風俗、社会的風俗、宗教的風俗など多義にわたり、その文言自体から直ちに一義的に明らかとはいえないと認めました。そのうえで、法的規制の対象として風俗を害すべき書籍、図画等というときは性的風俗を害すべきもの、すなわちわいせつな書籍、図画等を意味すると解することができ、合理的に解釈すれば風俗とは専ら性的風俗を意味するので、このような限定的な解釈が可能である以上、規定は明確性に欠けるものではないとしました。限定解釈を経て明確性を認めたのであって、文言をそのまま読めば明らかだとしたのではありません。公安を害すべき書籍という文言まで含めて読めば規制範囲は著しく広がり、限定解釈なしには過度の広汎性の疑いを免れません。青少年の健全な育成を害する行為といった評価的な文言についても、判例は通常の判断能力を有する一般人の理解から意味が読み取れるとして合憲としてきました。最大判昭和60年10月23日(福岡県青少年保護育成条例事件)は、青少年に対する淫行を処罰する規定について、広く青少年との性行為一般を指すと解すべきではなく、青少年を誘惑し威迫し欺罔し又は困惑させる等その心身の未成熟に乗じた不当な手段により行う性交等、又は青少年を単に自己の性的欲望を満足させるための対象として扱っているとしか認められないような性交等をいうと限定したうえで、この解釈は通常の判断能力を有する一般人の理解に困難を生じさせるものではないとしました。条例の淫行を青少年に対する性行為一般と解釈したうえで「処罰の範囲が不当に広過ぎるとも不明確であるともいえないから,この条例は憲法第31条に違反しない」という肢(R2 問2 ア)は誤りです。ここでも、限定の結果が一般人に読み取れるかどうかが決め手になっています。

最大判昭和50年9月10日(徳島市公安条例事件)ある刑罰法規があいまい不明確のゆえに憲法31条に違反するものと認めるべきかどうかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に当該行為がその適用を受けるものかどうかの判断を可能ならしめるような基準が読みとれるかどうかによってこれを決定すべきである。
試験ではこう問われる
- 刑罰法規が不明確ゆえに31条に違反するかは、通常の判断能力を有する一般人の理解において、具体的場合に適用を受けるかの判断を可能にする基準が読み取れるかで決まる(最大判昭和50年9月10日)
- 表現の自由を規制する規定の限定解釈は、一般国民が規定から具体的場合に規制対象となるかを判断できる基準を読み取れるときに限り許される(R5 問2 ア ×)
- 青少年に対する淫行は性行為一般ではなく、不当な手段による性交等などに限定して解され、その限りで31条に違反しない(最大判昭和60年10月23日。R2 問2 ア ×)
- 「風俗を害すべき書籍、図画」は限定解釈によりわいせつな書籍、図画等を意味し、明確性に欠けない(最大判昭和59年12月12日)
- 広島市暴走族追放条例は、規定の仕方が適切でないことを認めたうえで、規制対象を限定解釈して合憲とされた(最判平成19年9月18日)

