人格権と名誉権じんかくけんとめいよけん
人格権と名誉権とは、人が個人として尊重されるために守られる人格的な利益を内容とする権利で、13条により保障され、名誉権はそのうち人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を保護する権利です。名誉は表現の自由と衝突するため、事後の損害賠償で処理するか事前の差止めを認めるかで審査の厳しさが変わります。
新聞や雑誌、インターネットに「あの人は不正をした」と書かれると、本人の社会的な信用は大きく傷つきます。他方で、政治家や公務員の行動を批判する記事を簡単に止められるようにすると、国民が知るべき情報が世に出なくなります。憲法13条が保障する人格権の一内容である名誉と、21条が保障する表現の自由が正面からぶつかる場面です。判例は、書かれた後に損害賠償で救済する場面では表現の自由に配慮した免責の枠組みを作り、書かれる前に差し止める場面では厳格な要件を課すことで、二つの利益の折り合いを付けています。

名誉は社会から受ける客観的評価で、人格権の一内容として13条により保障されます
名誉権は、人の品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的評価を保護する権利で、人格権の一内容として13条により保障されます。名誉感情、すなわち本人の主観的な評価は、名誉とは区別して扱われます。人格権には、名誉のほかに、氏名やみだりに容ぼう等を撮影されない利益などが含まれます。「人の氏名、肖像等が商品の販売等を促進する顧客吸引力を有する場合において、当該顧客吸引力を排他的に利用する権利は、人格権に由来する権利の一内容を構成する」という肢(R4 問1 イ)は正しいです。最大判平成27年12月16日(夫婦同氏制訴訟)は、氏名は、その個人からみれば、人が個人として尊重される基礎であり、その個人の人格の象徴であって、人格権の一内容を構成するとしつつ、氏は婚姻及び家族に関する法制度の一部として法律がその具体的な内容を規律しているので、具体的な法制度を離れて、氏が変更されること自体を捉えて直ちに人格権を侵害し、違憲であるか否かを論ずるのは相当ではないとしました。名誉は表現の自由と正面から衝突するため、事後の救済で足りるのか、事前に差し止めてよいのかが大きな分かれ目になります。
事実の摘示による名誉毀損は、公共性・公益目的・真実性又は相当性で免責されます
名誉を毀損する事実を摘示した場合でも、その事実が公共の利害に関する事実に係り、その目的が専ら公益を図ることにあり、摘示された事実が重要な部分について真実であることが証明されたときは、違法性がなく不法行為は成立しません。真実であることが証明されなくても、行為者がそれを真実と信ずるについて相当の理由があるときは、故意又は過失が否定されます(最判昭和41年6月23日)。刑事では刑法230条の2が同じ構造をとり、最大判昭和44年6月25日(夕刊和歌山時事事件)は、真実性の証明がない場合でも、確実な資料、根拠に照らして真実と誤信したことに相当の理由があるときは犯罪の故意がなく、名誉毀損罪は成立しないとしました。表現者に真実であることの完全な証明を求めると、確証が得られるまで報道を控えることになり、表現の自由が萎縮するからです。公共の利害に関する事実かどうかは、私人の私生活上の行状であっても、その者の社会的活動の性質やそれが社会に及ぼす影響力の程度によっては該当し得ます。

意見や論評は、前提事実の真実性と論評としての域の逸脱の有無で判断します
最判平成元年12月21日は、公務員の地位における行動に対する批判、論評について、その目的が専ら公益を図るものであり、かつ、前提としている事実が主要な点において真実であることの証明があったときは、人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱したものでない限り、名誉侵害の不法行為の違法性を欠くとしました。事実の摘示と意見の表明では免責の枠組みが違い、意見については意見それ自体の真実性ではなく、前提事実の真実性と論評としての域の逸脱の有無が問われます。意見や論評の正しさは証明の対象になり得ず、公共の事項について自由に批判できることが表現の自由の核心だからです。さらに最判平成16年7月15日は、前提事実が重要な部分について真実であることの証明がないときでも、行為者がその事実を真実と信ずるについて相当な理由があれば、故意又は過失が否定されるとしました。前提事実の真実性の証明がなくても相当の理由があれば免責され、他方で、免責のためには人身攻撃に及ぶなど論評としての域を逸脱していないことも必要です。
裁判所による事前差止めは検閲に当たらず、厳格かつ明確な要件の下で例外的にのみ許されます
最大判昭和61年6月11日(北方ジャーナル事件)は、まず、仮処分による出版物の事前差止めは、個別的な私人間の紛争について司法裁判所が差止請求権の存否と保全の必要性を審理判断して発するものであって、行政権が主体となって表現物の内容を網羅的一般的に審査する検閲には当たらないとしました。「一定の記事を掲載した雑誌その他の出版物の印刷,製本,販売,頒布等の仮処分による事前差止めは,憲法第21条第2項前段が絶対的に禁止する検閲に該当するものであり,許されない」という肢(R2 問1 オ)は誤りです。検閲の主体は行政権であり、裁判所の仮処分はこれに当たりません。過去に検閲が行政権により濫用されたという歴史的経緯は、検閲の主体を行政権に限る解釈を支える理由になります。名誉権に基づく差止請求そのものは認められ、「名誉を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権に基づき、加害者に対し、将来生ずべき侵害を予防するため、侵害行為の差止めを求めることができる」という肢(R4 問1 ア)は正しいです。次に判例は、事前差止めは検閲でなくても表現行為に対する事前抑制であり、事後制裁より広汎にわたりやすく濫用のおそれもあるため、21条1項の趣旨に照らして厳格かつ明確な要件の下でのみ許されるとしました。とりわけ公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為に関する出版物の事前差止めは原則として許されず、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものではないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがあるときにのみ例外的に許されます。「公務員又は公職選挙の候補者に対する評価、批判等の表現行為について、その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であって、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被るおそれがある場合には、当該表現行為の事前差止めを認めても憲法第21条第1項に違反するものではない」という肢(R6 問1 ア)は正しいです。

反論文の掲載を求める権利は、具体的な法律がなければ認められません
最判昭和62年4月24日(サンケイ新聞事件)は、新聞記事において批判を加えられた者が、名誉毀損の不法行為の成否にかかわらず無料で反論文の掲載を求める権利について、具体的な成文法がない場合にはこれを認めることはできないとしました。理由は、新聞を発行・販売する者に紙面を割かせて掲載を強制すると、公的事項に関する批判的記事の掲載をちゅうちょさせ、表現の自由を間接的に侵す危険につながるおそれがあることです。この事件は、政党が新聞紙上の広告で他の政党を批判した事案です。政党間の批判が公共性の強い事項であることは、反論権を認める理由ではなく、むしろ批判的記事を萎縮させてはならない理由になります。反論の可能性は、インターネット上の名誉毀損でも議論されます。インターネットの利用者は自ら反論できるから名誉毀損罪の成立範囲を新聞などのマス・メディアの場合より限定すべきだという見解に対しては、インターネット上の全ての情報を知ることは不可能であり、自己の名誉を毀損する表現の存在を知らない被害者に反論を要求すること自体が不可能であるという批判と、情報が瞬時に不特定多数に閲覧され全世界に伝播し得るため、被害者の反論によって名誉の回復が図られる保証もないという批判があり得ます。これに対し、言論の応酬で当不当を判断できるのは意見や論評であって、事実の摘示による名誉毀損では利用者が真偽を判断できないという指摘は、新聞などの表現でも同じように当てはまるため、インターネット上の表現に限って成立範囲を限定すべきだという見解の根拠にはなりません。

少年の推知報道は一般人を基準に判断し、名誉感情の侵害も人格的利益の侵害になり得ます
最判平成15年3月14日(長良川事件報道訴訟)は、少年法61条に違反する推知報道かどうかは、その記事等により、不特定多数の一般人がその者を当該事件の本人であると推知することができるかどうかを基準に判断すべきであるとしました。原審は、少年と面識のある特定多数の者や、少年が生活の基盤としてきた地域社会の不特定多数の者を基準にして違反を認めていましたが、最高裁はこれを採りませんでした。基準が一般人か、面識のある者かで結論が変わります。同判決は、推知報道に当たらない場合でも、名誉毀損やプライバシー侵害の不法行為が成立し得ることを前提としています。また、最判平成17年11月10日(法廷内イラスト画事件)は、人は自己の容ぼう等を描写したイラスト画についてもみだりに公表されない人格的利益を有するとしつつ、写真と違って作者の主観や技術を反映したものとして受け取られるイラスト画の性質を考慮すべきだとし、そのうえで、法廷内における被告人の容ぼう等につき、手錠、腰縄により身体の拘束を受けている状態が描かれたイラスト画を被告人の承諾なく公表する行為は、被告人を侮辱し、名誉感情を侵害するものであって、社会生活上受忍すべき限度を超えてその人格的利益を侵害するとしました。社会的評価としての名誉と、本人の主観的な評価である名誉感情とを区別しつつ、後者の侵害も不法行為になり得ることを示しています。

最大判昭和61年6月11日(北方ジャーナル事件)人格権としての個人の名誉の保護(憲法一三条)と表現の自由の保障(同二一条)とが衝突した場合の調整原理として、(中略)その表現内容が真実でなく、又はそれが専ら公益を図る目的のものでないことが明白であつて、かつ、被害者が重大にして著しく回復困難な損害を被る虞があるときは、例外的に事前差止めが許される。
試験ではこう問われる
- 名誉を違法に侵害された者は、人格権としての名誉権に基づき侵害行為の差止めを求めることができる(最大判昭和61年6月11日。R4 問1 ア ○)
- 裁判所の仮処分による出版物の事前差止めは、行政権が主体となる検閲に当たらない(最大判昭和61年6月11日。R2 問1 オ ×)
- 公務員等に対する評価・批判の表現行為の事前差止めは、内容が真実でなく又は専ら公益目的でないことが明白で、重大かつ著しく回復困難な損害のおそれがあるときに限り許される(最大判昭和61年6月11日。R6 問1 ア ○)
- 氏名・肖像等の顧客吸引力を排他的に利用する権利は、人格権に由来する権利の一内容を構成する(R4 問1 イ ○)
- 事実の摘示による名誉毀損は、公共性・公益目的・真実性の証明があるか、真実と信ずる相当の理由があれば免責される(最判昭和41年6月23日)
- 反論文掲載請求権は、具体的な成文法がなければ認められない(最判昭和62年4月24日)

