手付(557条・解約手付と履行の着手)てつけ
手付とは、契約の締結の際に当事者の一方から相手方に交付される金銭で、売買では解約手付と推定され、買主は手付を放棄し、売主は倍額を現実に提供して、相手方が履行に着手するまで契約を解除することができます(557条1項)。
家を買う契約をしたとき、買主が代金の一部として先に渡すお金が手付です。手付には「これだけ失えばやめてよい」という意味が込められていることが多く、民法は、買主は手付を捨てれば、売主は倍額を差し出せば、契約を解除できるとしています。ただ、相手が引越しや登記の準備に動き出した後に解除されると相手が困るので、相手が履行に着手した後は解除できません。

売買で交付された手付は、反対の意思表示がない限り解約手付と推定されます
557条1項本文は、買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができると定めています。判例は、売買の当事者間で手付が授受された場合には、特別の意思表示がない限り解約手付としての効力を有するものと認めるべきで、これと異なる効力の手付だと主張する者がその特別の意思表示を主張立証すべきだとしています(最判昭和29年1月21日)。また、違約の場合に手付を没収し又は倍返しをする約定は、損害賠償額の予定として解約手付と両立するので、それだけでは解約手付の性質は否定されません(最判昭和24年10月4日)。
売主が手付で解除するには、倍額を現実に提供しなければなりません
買主は手付を放棄すれば解除できますが、売主はその倍額を「現実に提供して」解除しなければなりません(557条1項本文)。買主が手付を失うという現実の出捐をするのと釣り合わせるためで、平成29年改正前の判例(最判平成6年3月22日)を明文にしたものです。口頭で倍額を償還すると告げて受領を催告するだけでは足りませんし、解除の通知が届いただけでも解除の効果は生じません。手付が授受された売買について、「売主は,買主に手付の倍額の償還を口頭で告げ受領を催告するだけでは,売買契約を解除することはできません。売買契約を解除するためには,売主は,買主に対して手付の倍額を現実に提供する必要があります。」という学生の解答(R2 問18 ア)は正しいです。
手付による解除ができなくなるのは、解除の相手方が履行に着手した後です
557条1項ただし書は、「その相手方が」契約の履行に着手した後は手付による解除ができないと定めています。履行に着手した相手方が不測の損害を受けるのを防ぐ趣旨なので、解除しようとする者が自ら履行に着手していても、相手方が着手していなければ解除できます。判例も同じ立場で(最大判昭和40年11月24日)、改正でこれが条文に書き込まれました。「買主は,自己が履行に着手した場合でも,売主がまだ履行に着手していなければ,契約の解除をすることができます。」という学生の解答(R2 問18 イ)は正しいです。反対に、相手方が着手した後は、自ら着手していなくても解除できないので、「買主が売主に手付を交付した場合には、売主が契約の履行に着手した後であっても、買主はその手付を放棄して、契約の解除をすることができる」という肢(R8 問18 ア)は誤りです。

履行の着手とは、外から分かる形で履行の一部をし、又は履行の提供に欠かせない前提行為をすることです
判例は、履行の着手とは、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をし、又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すとしています(最大判昭和40年11月24日)。「履行に着手するとは,客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし,又は履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をしたことを意味します。」という学生の解答(R2 問18 ウ)は正しいです。売主が売買の目的の土地を元の土地から分ける分筆の登記手続をすることは、引渡しの前提行為なので履行の着手に当たります。第三者所有の不動産を売った売主が、その第三者から不動産を買い受けて代金を払い、自己名義に所有権移転登記を受けることも、買主に移転する前提行為で履行の着手に当たります。これを「履行の準備行為にすぎず,履行に着手したとはいえません。」とする学生の解答(R2 問18 エ)は誤りです。履行期の前の行為でも履行の着手に当たり得るので、「売買代金の提供が履行に着手したといえるためには,その当時履行期が到来していることが必要です。」とする学生の解答(R2 問18 オ)も誤りです。他方、売却代金を充てるつもりで別の土地を買う契約をしても、売買の履行の一部でも前提行為でもないので、履行の着手には当たりません。
- 履行の着手に当たる分筆登記の手続、他人物の売主が目的物を所有者から取得して自己名義に登記すること
- 履行の着手に当たらない売却代金を充てる資金計画で別の物件を買う契約をすること
手付による解除では損害賠償は生じず、手付とは別に払った内金は返還されます
手付による解除は債務不履行を理由とするものではないので、解除権の行使が損害賠償を妨げないとする545条4項は適用されません(557条2項)。手付の額が解除の対価としてあらかじめ決められているからです。手付を放棄して解除した場合、相手方に手付の額を超える損害が生じていても、損害賠償の義務は生じません。手付とは別に代金の一部として内金を払っていた場合は、解除で契約が遡って効力を失うので、内金は返還を請求できます。
民法 第557条第1項買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄し、売主はその倍額を現実に提供して、契約の解除をすることができる。ただし、その相手方が契約の履行に着手した後は、この限りでない。
民法 第557条第2項第五百四十五条第四項の規定は、前項の場合には、適用しない。
試験ではこう問われる
- 売主の手付解除には倍額の現実の提供が要り、口頭で告げて受領を催告するだけでは足りない(557条1項。R2 問18 ア ○)
- 自ら履行に着手した買主も、売主が着手するまでは手付を放棄して解除できる(557条1項ただし書。R2 問18 イ ○)
- 売主が履行に着手した後は、買主は手付を放棄して解除できない(557条1項ただし書。R8 問18 ア ×)
- 履行の着手とは、外部から認識し得る形で履行行為の一部をし、又は履行の提供に欠かせない前提行為をすることである(最大判昭和40年11月24日。R2 問18 ウ ○)
- 他人物売主が第三者から買い受けて自己名義の登記を受けることは、履行の着手に当たる(R2 問18 エ ×)
- 履行期前の代金の提供でも、履行の着手に当たり得る(R2 問18 オ ×)
- 売買で交付された手付は解約手付と推定され、手付解除では損害賠償は生じない(最判昭和29年1月21日、557条2項)

