差押えと相殺(511条)さしおさえとそうさい
差押えと相殺とは、差し押さえられた債権の第三債務者が、差押債務者に対する自分の債権で相殺して差押債権者に対抗できるかの問題で、差押え前に取得した債権なら対抗でき、差押え後に取得した債権でも差押え前の原因に基づくものなら対抗できます(511条)。
銀行が取引先にお金を貸していて、取引先もその銀行に預金を持っているとします。銀行は、いざとなれば預金と貸金を相殺して回収できると考えて貸しています。ところが、取引先の別の債権者がその預金を差し押さえることがあり、そのときに銀行が相殺で預金を消して差押債権者に対抗できるかが問題になります。民法は、差押えより前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず相殺で対抗できるとし、差押え後に取得した債権では原則として対抗できないとしています。

差押えの前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず、相殺適状になれば相殺を差押債権者に対抗できます
511条1項は、差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができると定めています。これは、第三債務者は、自働債権が差押え後に取得したものでない限り、自働債権と受働債権の弁済期の前後を問わず、相殺適状に達しさえすれば差押え後も相殺できるとした判例(最大判昭和45年6月24日。無制限説)を明文化したものです。相殺で決済できるという第三債務者の期待は、差押えより前からあれば保護に値するからです。「債権が第三者に差し押さえられた場合において,被差押債権の債務者がその差押え前に被差押債権の債権者に対する反対債権を取得しており,その差押え後にその反対債権と被差押債権が相殺に適するようになったときは,その反対債権と被差押債権の弁済期の先後にかかわらず,被差押債権の債務者は,その反対債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる」という肢(R3 問17 ウ)は正しいです。差押え後に取得した債権では、原則として対抗できません。
差押え前に取得した債権でも、相殺するには自働債権の弁済期が来て相殺適状になっていなければなりません
511条1項が保護するのは相殺への期待であって、相殺の要件そのものを緩めるものではありません。差押え後に相殺するときも、505条1項の相殺適状が必要で、自働債権の弁済期が到来していなければ相殺できません。受働債権が差し押さえられた後でも、自働債権の弁済期が来れば相殺できますが、それまでは相殺できません。
差押え後に取得した債権でも差押え前の原因に基づいて生じたものなら対抗できますが、差押え後に他人の債権を取得したときは対抗できません
511条2項本文は、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、第三債務者はその債権による相殺をもって差押債権者に対抗できると定めています。差押えの前に、相殺の基礎となる法律関係がすでにあったからです。差押え前に債務者の委託を受けて保証をしていた者が、差押え後に保証債務を履行して求償権を取得した場合がその例です。ただし書は、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときはこの限りでないとしています。差押え後に他人から債権を譲り受けても、差押えの時には相殺の期待がなかったからです。

差し押さえられた債務者の側は、差し押さえられた債権を自働債権として相殺することはできません
差押命令は、債務者に対して債権の取立てその他の処分を禁止し、第三債務者に対して債務者への弁済を禁止します(民事執行法145条1項)。相殺は差し押さえられた債権を消す処分にあたるので、差押債務者がその債権を自働債権として第三債務者に対する債務と相殺することはできません。抵当権者が物上代位で賃料債権を差し押さえた場合の賃借人の相殺は、抵当権設定登記と自働債権の取得の先後で決まり(最判平成13年3月13日)、「抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえたときであっても、抵当権設定登記がされる前に取得した賃貸人に対する貸金債権と当該賃料債権との相殺を抵当権者に対抗することができる」という肢(R8 問13 エ)は正しいです。詳しくは物上代位の語で扱います。債権譲渡と相殺の関係(469条)は、この規定と同じ考え方を債権譲渡の場面にあてはめたものです。
民法 第511条(差押えを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止)
差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗することはできないが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗することができる。
前項の規定にかかわらず、差押え後に取得した債権が差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、その第三債務者は、その債権による相殺をもって差押債権者に対抗することができる。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、この限りでない。
民事執行法145条執行裁判所は、差押命令において、債務者に対し債権の取立てその他の処分を禁止し、かつ、第三債務者に対し債務者への弁済を禁止しなければならない。
試験ではこう問われる
- 差押え前に取得した反対債権なら、弁済期の先後にかかわらず、相殺適状になれば差押債権者に相殺を対抗できる(511条1項・最大判昭和45年6月24日。R3 問17 ウ ○)
- 抵当権者が物上代位で賃料債権を差し押さえても、賃借人は抵当権設定登記前に取得した債権による相殺を対抗できる(最判平成13年3月13日。R8 問13 エ ○)
- 差押え後に取得した債権では対抗できないが、差押え前の原因に基づくもの(委託を受けた保証人の求償権など)なら対抗できる(511条2項本文)
- 差押え後に他人の債権を取得したときは、前の原因に基づくものでも対抗できない(511条2項ただし書)
- 差押え前に取得した債権でも、自働債権の弁済期が来て相殺適状にならなければ相殺できない(505条1項)
- 差押債務者は差し押さえられた債権を自働債権として相殺できない(民事執行法145条1項)

