私人間効力しじんかんこうりょく
私人間効力とは、憲法の人権規定が、国と個人の間ではなく、会社と従業員のような私人相互の関係にどこまで及ぶかという問題です。判例は、人権規定は私人相互の関係を直接規律するものではないとしつつ、民法90条などの私法の一般条項を通じて憲法の趣旨を及ぼす間接適用説に立ちます。
会社が、学生運動に参加していたことを理由に採用を取り消したり、女性だけ定年を早くしたりすると、思想の自由や平等に反するように見えます。しかし憲法の人権規定は、もともと国の権力から個人を守るための決まりで、会社と個人はどちらも私人です。私人どうしの関係は、誰と契約するかを自由に決められる私的自治が原則です。そこで判例は、憲法を会社に直接当てるのではなく、民法の公序良俗のような一般条項を解釈するときに憲法の趣旨を取り込むという方法で、私的自治と人権の両方を守ります。

判例は間接適用説に立ち、私法の一般条項を媒介とします
私人間効力の問題は、憲法の人権規定が私人相互の関係にどこまで及ぶかという問題です。最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は、憲法の人権規定は「国または公共団体の統治行動に対して個人の基本的な自由と平等を保障する目的に出たもので、もつぱら国または公共団体と個人との関係を規律するものであり、私人相互の関係を直接規律することを予定するものではない」としました。そのうえで、私人間の関係は原則として私的自治に委ねられ、一方の他方に対する侵害の態様、程度が社会的に許容し得る一定の限界を超える場合にのみ法が介入して調整を図る建前であり、民法1条、90条や不法行為に関する諸規定の適切な運用によって、私的自治の原則を尊重しながら基本的な自由や平等の利益を保護する方途があるとしています。直接規律を否定することと、私法の一般条項を通じた調整を認めることとは両立します。むしろ判例自身が、その調整の方途を示しています。学説には次の四つの立場があります。
- 直接適用説憲法の人権規定が私人間にも直接適用されるとする。私法の国家化をもたらし、私的自治と契約自由を否定しないかという批判がある
- 間接適用説民法90条などの私法の一般条項を媒介として憲法の趣旨を及ぼす。判例の立場
- 無適用説憲法の人権規定は私人間には適用されないとする。国家と社会を分離する自由主義的国家論を背景とする
- 国家同視説社会的力関係で一方が他方に優越し服従を強いる場合に、国家の支配と同視して人権規定を適用ないし類推適用する。判定が困難だという難点がある
直接適用説と無適用説には、それぞれ指摘があります
直接適用説に対しては、私法の国家化をもたらし、私的自治の原則及び契約自由の原則の否定にならないか、国家権力に対抗するという人権の本質を変質ないし希薄化する結果を招くおそれがあるのではないか、という指摘があります。私人間に憲法規範を直接適用するものであり、国家が私人の自由な活動領域に過度に介入する糸口を与えかねない、という指摘も同じ方向です。国民の知る権利を報道機関との関係に直接適用すれば、報道機関の報道の自由が制約されるように、自由権と社会権の性質を併せ持つ権利の直接適用はかえって自由を制限するおそれがあるからです。もっとも、直接適用説のうち、私的自治の原則により人権の効力は私人相互間の場合にはその本質的な核心が侵されない限度で相対化されることを認める見解は、その限度で対立利益との利益考量を認めることになりますから、間接適用説に類似したものになります。他方、憲法は国家対国民の関係を規律する法であるから人権規定は私人間に適用されないとする説は、国家と社会を分離する自由主義的国家論を理論的背景としているとされます。人権はすべての法秩序に妥当すべき価値であるとの考え方は、むしろ直接適用説の背景です。間接適用説は、資本主義の高度化に伴い国家類似の組織と機能をもつ社会的権力による人権侵害の危険が増大したことに対応するために、無適用説に代わって主張されたものです。

国家同視説には、判定が困難だという難点があります
私人相互間の社会的力関係から、一方が他方に優越し、事実上後者が前者の意思に服従せざるを得ない場合に、憲法の人権規定を私人間においても適用ないし類推適用するとする説があります。これに対しては、こうした関係は法的裏付けないし基礎を欠く単なる社会的事実としての力の優越関係にすぎず、国又は公共団体の支配が権力の法的独占に基づいて行われる場合とは性質上の相違がある、という指摘があります。三菱樹脂事件も、私的自治の名の下に優位者の支配力を無制限に認めると劣位者の自由や平等を著しく侵害するおそれがあることは否み難いとしつつ、こうした支配関係はその支配力の態様、程度、規模等において様々であり、どのような場合にこれを国又は公共団体の支配と同視すべきかの判定が困難であるとして、この見解を採用しませんでした。
雇入れの自由は広く認められます
最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)は、企業者は、経済活動の一環としてする契約締結の自由を有し、いかなる者を雇い入れるか、いかなる条件でこれを雇うかについて、法律その他による特別の制限がない限り、原則として自由にこれを決定することができるとしました。特定の思想、信条を有することを理由として雇入れを拒んでも、当然に違法とすることはできません。採用にあたって思想、信条を調査し、これに関連する事項の申告を求めることも違法ではないとされています。「企業が,労働者の採否を決定するに当たり,労働者の思想,信条を調査し,労働者からこれに関連する事項についての申告を求めることは,労働者の思想,信条の自由を侵害する行為として直ちに違法となる」という肢(R3 問1 エ)は誤りです。ただしこれは雇入れの段階の話で、雇入れ後の労働条件については労働基準法3条が信条による差別的取扱いを禁じています。
雇入れ後の差別には、90条を通じて14条1項の趣旨が及びます
最判昭和56年3月24日(女子若年定年制事件)は、就業規則において女子の定年年齢を男子より低く定める部分について、専ら女子であることのみを理由として差別したことに帰着するものとして、性別のみによる不合理な差別を定めたものとして民法90条により無効であるとしました。この判断にあたって、個人の尊厳と両性の本質的平等を解釈の基準として定める民法の規定とともに、法の下の平等を定める14条1項を参照しています。間接適用説が実際にどう働くかを示す例で、無効の根拠は民法90条であり、14条1項は参照される趣旨にとどまります。他方、最判昭和49年7月19日(昭和女子大事件)は、私立大学が学則等により学生の政治的活動につきある程度の規律を及ぼすことも、教育目的を達成するために必要かつ合理的な範囲で許されるとしました。

思想調査は社会的許容性の限度で判断し、28条は私人間にも適用される余地があります
最判昭和63年2月5日(東京電力塩山営業所事件)は、使用者が労働者の政党所属関係を調査した事案で、その方法や態様が社会的に許容しうる限度を超えるかどうかで違法性を判断しました。憲法19条を直接適用したのではありません。労働基本権については扱いが違います。28条は使用者に対して従属する勤労者を保護する権利ですから、正当な争議行為を理由とする解雇や損害賠償が効力を否定されるという意味で、私人間の関係にも直接適用されると解されています。最判平成元年12月14日(三井倉庫港運事件)も、他の労働組合に加入した者などについて使用者の解雇義務を定めるユニオン・ショップ協定の部分を、民法90条により無効としつつ、28条を参照しています。なお、人種差別的な街頭宣伝について、大阪高判平成26年7月8日は、条約も13条・14条1項も公権力と個人の関係を規律するもので私人相互の関係を直接規律するものではなく、その趣旨は民法709条などの解釈適用を通じて実現されるべきだとしており、最決平成26年12月9日はこの判断を前提に上告を棄却しました。

最大判昭和48年12月12日(三菱樹脂事件)私的支配関係においては、個人の基本的な自由や平等に対する具体的な侵害またはそのおそれがあり、その態様、程度が社会的に許容しうる限度を超えるときは、これに対する立法措置によつてその是正を図ることが可能であるし、また、場合によつては、私的自治に対する一般的制限規定である民法一条、九〇条や不法行為に関する諸規定等の適切な運用によつて、(中略)その間の適切な調整を図る方途も存する。
試験ではこう問われる
- 憲法の人権規定は私人相互の関係を直接規律するものではなく、民法1条・90条や不法行為の規定の運用を通じて調整される(最大判昭和48年12月12日)
- 企業は雇入れの自由を有し、採否の決定に当たり思想・信条を調査し申告を求めても直ちに違法とはならない(最大判昭和48年12月12日。R3 問1 エ ×)
- 女子の定年年齢を男子より低く定める就業規則は、性別のみによる不合理な差別として民法90条により無効となる(最判昭和56年3月24日)
- 私立大学は、教育目的の達成に必要かつ合理的な範囲で学生の政治的活動に規律を及ぼすことができる(最判昭和49年7月19日)
- 28条は使用者に対して従属する勤労者を保護する権利で、私人間の関係にも直接適用されると解されている

