裁判の公開と対審(82条)さいばんのこうかい
裁判の公開とは、裁判の対審および判決を、国民一般が傍聴できる公開の法廷で行うことです。裁判官の全員一致で公の秩序または善良の風俗を害するおそれがあると決したときは対審を非公開にできますが、判決は常に公開されます。
裁判所の法廷には傍聴席があり、事件と関係のない人でも、空いていれば誰でも座って裁判を見ることができます。密室で行われる裁判は、権力者に都合のよい結論になっても外から確かめられません。裁判を国民の目の前で行わせることで手続の公正を確保し、裁判への信頼を支えるのが82条の裁判の公開です。当事者どうしが主張を闘わせる対審と、結論を言い渡す判決の両方が対象で、判決はどんな事件でも非公開にできません。

「公開」は、国民一般が傍聴できる状態を指します
82条1項の「公開」とは、審理と判決を国民一般が傍聴し得る状態に置くこと、すなわち一般公衆に傍聴の機会を与えることです。裁判を国民の監視のもとに置いて手続の公正を担保することが趣旨ですから、公開の名宛人は訴訟関係人ではなく国民一般です。公開は、訴訟関係人に審理に立ち会う権利と機会を与えることを意味するのではありません。訴訟関係人が審理に立ち会う権利は、公開とは別に、32条の裁判を受ける権利や31条の適正手続、刑事被告人については37条2項の証人審問権などから導かれる当事者の手続保障の問題です。もっとも、傍聴が国民の権利として認められるわけではありません。最大判平成元年3月8日(レペタ事件)は、裁判の公開が制度として保障されていることに伴い各人は裁判を傍聴することができるが、82条1項は各人が裁判所に対して傍聴することを権利として要求できることまでを認めたものではなく、傍聴人に対して法廷でメモを取ることを権利として保障したものでもないとしました。もっとも同判決は、筆記行為の自由が21条1項の精神に照らして尊重に値するとし、特段の事情がない限り傍聴人の自由に任せるべきだとも述べました。「傍聴人が法廷においてメモを取ることは、その見聞する裁判を認識、記憶するためになされるものである限り、憲法第 21 条第 1 項の規定の精神に照らして尊重されるべきであり、理由なく制限することはできない」という肢(R6 問1 オ)は正しいです。結論として、当時のメモ禁止の取扱いは改められています。権利としての保障を否定しながら、実際の運用を変えさせた判決として知られます。
「対審」は、当事者が裁判官の面前で口頭で主張を闘わせることをいいます
対審とは、訴訟当事者が裁判官の面前で、それぞれの主張を口頭で闘わせる手続をいいます。民事訴訟の口頭弁論、刑事訴訟の公判手続がこれに当たります。対立する当事者を裁判官の面前で対峙させ、口頭の攻撃防御を通じて裁判所が心証を形成する手続は、事実認定と法適用の基礎を形成する裁判の核心部分なので、憲法は判決だけでなく対審も公開の対象としました。準備手続や和解の期日は対審に当たらず、公開の要請は及びません。どの手続が対審に当たるかは、当事者が対立して主張を述べ合う場面かどうかで判断します。証拠調べは対審に含まれると解されており、証人尋問の方法をめぐる論点もここに関わってきます。
判例は、公開を権利としてではなく制度として保障されたものと解します
82条1項の公開が、国民の権利として保障されたものか、制度として保障されたものかには争いがあります。レペタ事件は、82条1項の趣旨は裁判を一般に公開して裁判が公正に行われることを制度として保障し、ひいては裁判に対する国民の信頼を確保することにあると述べ、判例は一貫して制度としての保障と解しています。制度としての保障という理解は、裁判所の法廷警察権による規制の余地を残す点に実益があります。傍聴人の数を法廷の収容能力に応じて制限することや、写真撮影を許可制とすることも、この理解のもとで説明されます。権利として構成すると、こうした運用のたびに権利侵害の有無を論じることになり、法廷の秩序維持が難しくなります。

遮へい措置やビデオリンク方式は、公開に反しません
性犯罪の被害者などを保護するため、証人と被告人や傍聴人との間に衝立を置いたり、別室からの映像と音声で尋問したりする方法が刑事訴訟法に定められています。最判平成17年4月14日(遮へい措置・ビデオリンク方式による証人尋問)は、傍聴人と証人との間で遮へい措置が採られ、あるいはビデオリンク方式によることとされ、さらに両方が併用されても、審理が公開されていることに変わりはないとして、82条1項にも37条1項の公開裁判を受ける権利にも違反しないとしました。傍聴人が証人の姿を見られなくても、証言を聴き審理の状況を認識できていれば公開の要請は満たされます。同判決は、被告人が証人の供述を聞き、自ら尋問できる以上、37条2項の証人審問権を侵害するものでもないとしました。

対審を非公開にできる場合でも、判決は必ず公開されます
82条2項本文が非公開を認めるのは対審に限られます。対審を非公開にできる場合でも、判決の言渡しは公開の法廷で行わなければなりません。判決は当事者の権利義務や刑罰権の存否を最終的に確定する結論であり、その内容と理由を国民の監視のもとに示させることが裁判の公正を担保するので、例外なく公開されます。さらに2項ただし書により、政治犯罪、出版に関する犯罪、憲法第3章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、公の秩序を害するおそれがあっても非公開にできません。「裁判所は、政治犯罪、出版に関する犯罪又は憲法第 3 章で保障する国民の権利が問題となっている事件を除き、裁判官の全員一致で公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合には、対審を公開しないで行うことができる」という肢(R6 問3 オ)は正しいです。国家が刑罰権を濫用しやすい類型を、あらかじめ公開のもとに置くための規定です。基本的人権が問題となっている事件という類型は広く、刑事事件の多くがこれに当たり得るため、対審の非公開が認められる場面は実際にはごくわずかです。非公開の決定に裁判官の全員一致が必要である点も、要件の厳しさを示しています。
- 原則対審および判決は、公開の法廷で行う(82条1項)
- 例外裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合は、対審を公開しないことができる(82条2項本文)
- 例外の例外政治犯罪、出版に関する犯罪、憲法第3章で保障する国民の権利が問題となっている事件の対審は、常に公開しなければならない(82条2項ただし書)
- 判決非公開とすることはできない。常に公開の法廷で行う

非訟事件の手続には、公開の要請が及びません
82条の公開は、性質上純然たる訴訟事件について妥当します。当事者の意思にかかわらず終局的に権利義務を確定する手続でなければ、公開を要しません。強制調停の合憲性が争われた最大決昭和35年7月6日は、純然たる訴訟事件につき当事者の意思に反して終局的に権利義務の存否を確定する裁判を公開の法廷における対審と判決によらずに行うことは許されないとしました。他方、最大決昭和40年6月30日(夫婦同居審判事件)は、同居の審判が権利義務そのものを確定するのではなく具体的な内容を形成する処分であるとして、公開を要しないとしています。過料の裁判についても、最大決昭和41年12月27日は、行政上の秩序罰を科す手続であるとして公開を要しないとしました。どこまでが純然たる訴訟事件かという線引きは、当事者の意思にかかわらず終局的に権利義務の存否を確定するかどうかで判断されます。家事事件のように、裁判所が後見的な立場から関係を形成する手続は、この線の外に置かれます。
日本国憲法 第82条裁判の対審及び判決は、公開法廷でこれを行ふ。
裁判所が、裁判官の全員一致で、公の秩序又は善良の風俗を害する虞があると決した場合には、対審は、公開しないでこれを行ふことができる。但し、政治犯罪、出版に関する犯罪又はこの憲法第三章で保障する国民の権利が問題となつてゐる事件の対審は、常にこれを公開しなければならない。
試験ではこう問われる
- 対審及び判決は公開法廷で行い、公開とは国民一般が傍聴できる状態に置くことをいう(82条1項)
- 裁判官の全員一致で公の秩序又は善良の風俗を害するおそれがあると決した場合は、政治犯罪・出版に関する犯罪・第3章の権利が問題となる事件を除き、対審を非公開にできる(82条2項。R6 問3 オ ○)
- 対審を非公開にする場合でも、判決は公開しなければならない
- 82条1項は傍聴を権利として保障するものではないが、傍聴人のメモは21条1項の精神に照らして尊重され、理由なく制限できない(最大判平成元年3月8日・レペタ事件。R6 問1 オ ○)
- 遮へい措置やビデオリンク方式による証人尋問も、審理が公開されていることに変わりはない(最判平成17年4月14日)
- 純然たる訴訟事件でない手続には公開の要請が及ばない(最大決昭和40年6月30日)

