名義の冒用(通称・偽名・肩書・代理代表名義)めいぎのぼうよう
名義の冒用とは、作成権限がないのに他人の名義を用いて文書を作成することをいいます。通称・偽名、肩書・資格、代理・代表名義を用いた場合は、文書の性質から名義人がだれかを特定し、作成者と人格の同一性があるかで偽造かどうかが決まります。
芸名やペンネームで手紙を書いても、だれが書いたかは伝わりますから、ふつうは問題になりません。自分の名刺に見栄で「部長」と書いても、名刺の主が自分であることは変わりません。ところが、役所に出す申請書に本名でない名前を書いたり、弁護士でない人が弁護士として報酬の請求書を出したりすると、受け取った側は、書いた人とは別の人物を思い浮かべて手続を進めることになります。名前や肩書が文書の中で果たす役割によって、同じ書き方でも偽造になる場合とならない場合とが分かれます。

広く通用している通称でも、文書の性質上本名を用いることが求められる文書に書けば偽造になります
通称や偽名を用いて文書を作っても、その名称が作成者本人を指すものとして通用していれば、名義人と作成者は一致するので、原則として偽造にはなりません。しかし、名義人がだれであるかは、文書の性質によって決まります。最判昭和59年2月17日は、密入国した被告人が、他人の名で発行された外国人登録証明書を入手して25年以上その氏名を用い、それが被告人を指す名称として社会生活上定着していた事案で、再入国許可申請書は公の手続内で用いられる文書であり、申請人の地位・資格の確認が不可欠であるから、その性質上、本名を用いて作成することが要求されているとしました。そのうえで、文書に表示された氏名から認識される人格は、適法に在留を許されている者であって、在留資格を有しない被告人とは別の人格であるとして、私文書偽造罪の成立を認めました。交通事件原票中の供述書も、違反者本人を特定するための文書ですから、本名を用いることが求められます。「密入国者であるAが、法務大臣から再入国許可を受けるため、適法に在留を許可された他人であるB名義でその承諾なく再入国許可申請書を作成したが、Aは、長年自己の氏名としてBの氏名を公然使用し、Bの氏名がAを指称する名称として相当広範囲に定着していた。この場合、Aに私文書偽造罪は成立しない」という肢(R8 問25 ア)は誤りです。就職活動に使う履歴書についても、「Aは、就職活動に使用するため、履歴書に虚偽の氏名、生年月日、経歴等を記載したが、これに自己の顔写真を貼付しており、その文書から生ずる責任を免れようとする意思は有していなかった。この場合、Aに私文書偽造罪は成立しない」という肢(R8 問25 エ)は誤りです。
同姓同名を利用して弁護士を装った場合のように、肩書や資格が重要な意味を持つ文書では、肩書・資格の冒用が偽造になります
自分の氏名に、実際には持っていない肩書や資格を付けて文書を作っても、名義人が作成者本人であることに変わりがなければ、偽造ではありません。弁護士資格のない者が、見栄を張るためにホテルの宿泊者カードに「弁護士」と書いた場合や、自分の土地の売買契約書の売主欄に「弁護士」と書いた場合は、肩書が特に意味を持たない文書ですから、偽造になりません。これに対し、最決平成5年10月5日は、弁護士資格のない被告人が、実在する同姓同名の弁護士になりすまして、弁護士の肩書を付した報酬請求書や経過報告書などを作成した事案で、各文書が弁護士としての業務に関連して弁護士資格を有する者が作成した形式・内容のものである以上、表示された名義人は実在の弁護士であって被告人とは別人格であるとして、有印私文書偽造罪の成立を認めました。氏名が文字のうえで同じであっても、偽造になります。「Aは、弁護士ではないのに、同姓同名の弁護士が実在することを利用して、Bから弁護士としての業務を受任した上、当該業務に関してBに交付するため、「弁護士A」の名義で報酬金請求書を作成した。この場合、Aに私文書偽造罪は成立しない」という肢(R8 問25 ウ)は誤りです。

発給権限のない団体の名義で国際運転免許証に似た文書を作れば、団体から委託を受けていても偽造になります
最決平成15年10月6日は、正規の国際運転免許証に酷似する文書を、その発給権限のない民間団体の名義で作成した事案で、この文書は、条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体によって作成されているということが文書の社会的信用性を基礎づけるのであるから、名義人は「条約に基づく国際運転免許証の発給権限を有する団体である当該団体」であるとしました。その団体に発給権限がない以上、団体が実在し、団体から作成の委託を受けていたとしても、名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ったことになります。団体に発給権限がないことを知りながら、その団体の名義で国際運転免許証に酷似する文書を作成すれば、私文書偽造罪が成立します。名義人の承諾や委託があるという点だけを見ると偽造でないように見えますが、文書を受け取る側が信頼しているのは発給権限のある団体という資格ですから、その資格を偽れば別人格の文書になります。
代理権・代表権のない者が代理・代表名義の文書を作れば、名義人は本人であり、偽造になります
「A代理人甲」という代理名義の文書は、その効果が本人Aに帰属する形式の文書です。最決昭和45年9月4日は、他人の代表者又は代理人として文書を作成する権限のない者が、他人を代表若しくは代理すべき資格、又は普通人をして他人を代表若しくは代理するものと誤信させるに足りるような資格を表示して作成した文書の名義人は、代表・代理された本人であるとしました。代理権のない甲が作れば、名義人は本人、作成者は甲ですから、偽造です。「Aは、Bに対し、Cの代理人であると詐称し、C所有の自動車をCがBに売り渡す旨の売買契約書に「C代理人A」として署名押印し、完成した文書をBに交付した。この場合、Aに私文書偽造・同行使罪が成立する」という肢(R8 問25 オ)は正しいです。Aの代理人でない甲が「A代理人甲」と署名し「甲」と刻した印鑑を押して売買契約書を作成すれば、作成名義人はAであり、有印私文書偽造罪が成立します。有印といえるには、本人の印章又は署名が文書に使用されていることが必要です。この事例では「A代理人甲」という記載の中に本人Aの氏名が表示されています。昭和45年の決定の事案は、理事会の印章も署名も用いられていなかったので、無印私文書偽造罪にとどまりました。

代理権・代表権のある者が権限を濫用して作った文書は、偽造になりません
代理人や代表者が、与えられた権限の範囲内で本人名義の文書を作成した場合は、自己や第三者の利益を図る目的であっても、文書の効果は本人に帰属するので、名義人と作成者は一致します。この場合に問題になるのは背任罪や横領罪であって、文書偽造の罪ではありません。代表取締役がその権限を濫用して代表取締役名義の債権放棄書を作成しても、私文書偽造罪は成立しません。これに対し、権限の範囲を超えた文書(権限の逸脱)を作成すれば、その文書については作成権限がないので偽造になります。権限が内部的に制限されているだけなのか、その種の文書を作る権限が実質的にないのかによって、濫用と逸脱が分かれます。
- 通称・偽名原則は偽造でない。本名を用いることが求められる文書(再入国許可申請書、交通事件原票の供述書)では偽造
- 肩書・資格の冒用原則は偽造でない。肩書・資格が重要な意味を持つ形式・内容の文書では偽造
- 代理・代表名義の冒用名義人は本人。権限がなければ偽造
- 権限の濫用権限の範囲内なら偽造でない。権限の逸脱は偽造
最決平成5年10月5日私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にある
試験ではこう問われる
- 広く定着した通称でも、再入国許可申請書のように本名を用いることが求められる文書に書けば、私文書偽造罪が成立する(最判昭和59年2月17日。R8 問25 ア ×)
- 就職活動用の履歴書に虚偽の氏名等を記載すれば、自己の顔写真を貼っていても私文書偽造罪が成立する(R8 問25 エ ×)
- 同姓同名の弁護士を装って「弁護士A」名義の報酬金請求書を作れば、氏名が同じでも私文書偽造罪が成立する(最決平成5年10月5日。R8 問25 ウ ×)
- 発給権限のない団体の名義で国際運転免許証に酷似する文書を作れば、団体から委託を受けていても私文書偽造罪が成立する(最決平成15年10月6日)
- 代理人と詐称して「C代理人A」名義の売買契約書を作れば、名義人は本人Cで、私文書偽造・同行使罪が成立する(最決昭和45年9月4日。R8 問25 オ ○)
- 代表取締役が権限を濫用して代表取締役名義の文書を作っても、私文書偽造罪は成立しない

