有形偽造と無形偽造(名義人と作成者)ゆうけいぎぞうとむけいぎぞう
有形偽造とは、作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成することをいい、判例は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることと定義しています。無形偽造とは、作成権限のある者が内容の虚偽な文書を作成することをいいます。
Aさんの名前で書かれた借用書があれば、読んだ人は「Aさんがこれを書いて借金を認めたのだ」と受け取ります。ところが実際に書いたのが別人で、Aさんは何も知らなかったとすると、その書面を根拠にAさんに責任を問うことはできません。文書が信用されるのは、そこに名前のある人に責任を問えるからです。そこで刑法は、文書の中身が本当かうそかよりも、名前のある人が本当にその文書を作ったのかを重く見て、名義を偽る行為を偽造として罰しています。

偽造とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいいます
文書偽造の罪でいう偽造は、有形偽造を指します。有形偽造とは、作成権限のない者が他人の名義を冒用して文書を作成することをいい、判例は、その本質を、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にあるとしています。名義人とは、文書から認識される意思又は観念の表示の主体をいい、作成者とは、文書に意思又は観念を表示した者をいいます。両者が一致していれば真正な文書、食い違っていれば偽造文書です。これに対し、無形偽造とは、作成権限のある者が内容の虚偽な文書を作ることをいい、名義人と作成者は一致しています。有形偽造では、内容が真実かどうかは関係がありません。乙に100万円を貸した甲が、乙に無断で乙名義の借用証を作成した場合も、文書の内容が真実であることを理由に私文書偽造罪が否定されることはありません。借金が本当でも、乙はその借用証を作っていないので、名義人と作成者が食い違っています。逆に、自分の名義で内容がうその文書を作っても、私文書では原則として処罰されません。
- 名義人文書から認識される意思又は観念の表示の主体
- 作成者文書に意思又は観念を表示した者(実際に書いた者とは限らない)
- 有形偽造名義人と作成者の人格の同一性を偽る。内容が真実でも成立する
- 無形偽造作成権限のある者が内容の虚偽な文書を作る。名義人と作成者は一致する
作成者は文書に意思を表示した者であり、実際に筆を執った者とは限りません
作成者を、物理的に文書を書いた者とみる考え方(事実説)によると、社長の指示で秘書が社長名義の文書を代筆した場合も、名義人と作成者が食い違うことになってしまいます。そこで、作成者は、文書に表示された意思又は観念が由来する者、つまり自分の意思を文書に表示し、又は表示させた者をいうと解されています(意思説)。秘書が代筆した文書の作成者は社長であり、名義人と一致するので偽造ではありません。この考え方によると、だれかに頼んで書かせた場合や、事情を知らない者を使って印刷させた場合でも、意思を表示させた者が作成者です。事情を知らない新聞社の従業員に依頼して、新聞紙上に丙に無断で丙名義の事実証明に関する広告文を掲載させた事例では、名義人は丙、作成者は依頼した者ですから、事情を知らない従業員を利用した私文書偽造罪の間接正犯が成立します。また、代表取締役のように文書の作成権限を与えられている者が、その権限を濫用して会社名義の文書を作った場合は、権限の範囲内で会社の意思を表示しているので、内容や動機が不当でも有形偽造にはなりません。

名義人をだまして別の文書だと誤信させて署名させれば、偽造の間接正犯になります
名義人本人が署名押印していても、本人がその文書に意思を表示したといえなければ、作成者は本人ではありません。視力が衰えて文字を判読できない乙に、公害反対の署名であると偽って借用証書の借主欄に署名押印させた場合には、私文書偽造罪が成立します。乙には借用証書を作る意思がなく、乙を道具として使った甲が作成者だからです。建物の売買契約書を会員制クラブの入会申込書であると偽って示し、売主欄に署名押印させた場合も、有印私文書偽造罪の間接正犯が成立します。これに対し、名義人が文書の内容を理解したうえで署名したのであれば、署名の動機に錯誤があっても、作成者は名義人本人です。自分で返済するとうそを言って、乙に契約書を閲読させたうえで消費貸借契約書の保証人欄に署名押印させても、有印私文書偽造罪の間接正犯は成立しません。保証人になるという内容は理解して署名しているので、名義人と作成者は一致しており、問題になるのは詐欺罪です。
架空の氏名の履歴書に自分の顔写真を貼っても、名義人と作成者の人格の同一性を偽ったことになります
名義人がだれかは、文書に書かれた氏名だけでなく、文書の性質や機能から決まります。履歴書は、応募者の氏名、生年月日、経歴を示して、その人物がどのような者かを証明する文書です。最決平成11年12月20日は、偽名を用いて就職しようと考え、虚偽の氏名、生年月日、住所、経歴を記載し、自分の顔写真を貼り付けた履歴書を作成して提出した事案について、これらの文書の性質、機能等に照らすと、たとえ自分の顔写真が貼り付けられ、あるいは文書から生ずる責任を免れようとする意思を有していなかったとしても、文書に表示された名義人は被告人とは別人格の者であるとして、名義人と作成者との人格の同一性にそごを生じさせたものと認めました。「Aは、就職活動に使用するため、履歴書に虚偽の氏名、生年月日、経歴等を記載したが、これに自己の顔写真を貼付しており、その文書から生ずる責任を免れようとする意思は有していなかった。この場合、Aに私文書偽造罪は成立しない」という肢(R8 問25 エ)は誤りです。就職して実際に勤務する意思があっても、結論は変わりません。

最決平成11年12月20日私文書偽造の本質は、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る点にある
試験ではこう問われる
- 偽造とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいう
- 内容が真実でも、他人に無断でその名義の借用証を作れば私文書偽造罪が成立する
- 作成者は文書に意思を表示した者で、実際に書いた者とは限らない
- 作成権限のある者が権限を濫用して作った文書は、有形偽造にならない
- 別の文書だと誤信させて署名押印させれば、偽造の間接正犯になる
- 内容を理解して署名した名義人をだましただけなら、偽造にはならない(詐欺罪の問題)
- 架空の氏名の履歴書は、自分の顔写真を貼っていても、勤務する意思があっても、有印私文書偽造罪が成立する(最決平成11年12月20日。R8 問25 エ ×)

