結果的加重犯けっかてきかじゅうはん
結果的加重犯とは、基本となる犯罪行為から、行為者が認識していなかった重い結果が発生した場合に、基本となる犯罪よりも重い刑を科す犯罪です。傷害致死罪がその例で、条文では「よって」という文言で定められています。
けんかで相手を一発殴ったところ、相手が倒れて頭を打ち、亡くなってしまうことがあります。殴った人に殺すつもりはなく、亡くなるとも思っていませんでした。それでも、ただの傷害より重く処罰する規定が置かれています。人を殴るという行為は、打ちどころが悪ければ命に関わる結果につながりやすいからです。このように、もとの犯罪から思わぬ重い結果が生じた場合を特に重く処罰するときに、重い結果についてどこまでの落ち度を求めるかが問題になります。

結果的加重犯は、基本となる犯罪から重い結果が発生した場合に、基本となる犯罪より重い刑を科します
結果的加重犯は、基本となる犯罪(基本犯)と、そこから発生した重い結果(加重結果)から成り立ちます。傷害致死罪(205条)は「身体を傷害し、よって人を死亡させた」と定め、傷害罪が基本犯、人の死亡が重い結果です。遺棄等致死傷罪(219条)、逮捕等致死傷罪(221条)、不同意わいせつ等致死傷罪(181条)、強盗致死傷罪(240条)も同じ構造をもちます。基本犯については故意が必要ですが、重い結果については認識がないことが前提になっています。傷害罪そのものも、暴行の故意で人を殴って傷害を負わせた場合に成立するので、暴行罪の結果的加重犯としての性格をもちます。傷害を負わせる意思なく顔面を殴打し、その殴打によって相手が傷害を負った場合にも、傷害罪が成立します。暴行の故意があれば、傷害の結果について故意がなくても傷害罪が成立するからです(最判昭和25年11月9日)。もっとも、傷害罪は暴行を手段とする場合に限られません。暴行によらずに傷害を負わせた事例として、「Aは、隣家に居住するBに向けて、精神的ストレスによる障害を生じさせるかもしれないことを認識しながら、連日連夜にわたりラジオの音声及び目覚まし時計のアラーム音を大音量で鳴らし続け、Bに精神的ストレスを与え、慢性頭痛症、睡眠障害及び耳鳴り症の傷害を負わせた。この場合、Aには傷害罪が成立する」という肢(R6 問25 エ)は正しいです。暴行によらない方法で傷害を負わせた場合にも、傷害の故意があれば傷害罪が成立します。
- 傷害致死罪(205条)基本犯は傷害罪。重い結果は人の死亡
- 遺棄等致死傷罪(219条)基本犯は遺棄罪・保護責任者遺棄等罪。重い結果は人の死傷
- 逮捕等致死傷罪(221条)基本犯は逮捕及び監禁罪。重い結果は人の死傷
- 不同意わいせつ等致死傷罪(181条)基本犯は不同意わいせつ罪・不同意性交等罪など。重い結果は人の死傷
- 強盗致死傷罪(240条)基本犯は強盗罪。重い結果は人の死傷。殺意がある場合の扱いは各論で扱う
判例は、重い結果について過失を要せず、基本となる行為と重い結果との間に因果関係があれば足りるとします
最判昭和32年2月26日は、妻の首を圧迫した暴行が、被害者の特異な体質と相まってショック死を引き起こした事案で、傷害致死罪の成立には暴行と死亡との間に因果関係の存在を必要とするが、致死の結果についての予見を必要としないとしました。最判昭和26年9月20日も同じ立場です。「Aは、Bの身体を圧迫する暴行を加え、その結果、Bを死亡させたが、暴行を加えた当時、Bが死亡することは予見していなかった。この場合、Aには傷害致死罪は成立しない」という肢(R6 問25 オ)は誤りです。暴行と死亡との間に因果関係があれば、死亡を予見していなかったことは傷害致死罪の成立を妨げないからです。判例の立場では、結果的加重犯が成立するかどうかは因果関係の有無で決まります。現在の不同意わいせつ等致死傷罪(181条)に当たる罪についても同じで、「いわゆる結果的加重犯である強制わいせつ致死傷罪の成立には,基本犯(強制わいせつ)と結果(致死傷)との間に因果関係が認められれば足り,結果の発生について予見可能性がない場合であっても,強制わいせつ致死傷罪は成立する」という肢(R2 問24 オ)は正しいです。因果関係が否定されれば、基本犯だけが成立します。因果関係は行為の時に存在した全事情を基礎に判断されるので、被害者に隠れた疾患があった場合にも、行為者がそれを知り得なかったことは成立を妨げません。

学説の多数は、責任主義の観点から、重い結果について過失を要求します
判例に対しては、責任主義の点から疑問が向けられます。責任主義は、行為者を非難できない結果について刑罰を科すことを許さない原則です。予見することができなかった結果を理由に刑を重くすることは、この原則に反するという指摘です。そこで学説の多数は、加重結果の発生について行為者に過失がなければ、結果的加重犯の成立を認めることは許されないとします。過失を要求するのであれば、加重結果の予見可能性があることが必要になります。予見可能性は注意義務の前提となる要件ですから、一般人を基準に判断するという考え方が示されます。これに対して判例を支持する側からは、判例が求める因果関係を単なる条件関係と解するのであれば責任主義の点から問題があるが、相当因果関係が認められるかを基準にし、その判断の基礎に行為の時点で一般人が認識可能であった事情を考慮するのであれば、過失を要求する見解と結論は変わらないという応答がされます。被害者の隠れた疾患を知り得なかった場合に、過失を要求する見解からは傷害致死罪が否定されて傷害罪にとどまり、判例の立場からは傷害致死罪が成立するという違いが現れます。
重い結果について故意がある場合は、結果的加重犯ではなく、重い結果を内容とする故意犯が成立します
結果的加重犯は、重い結果を認識していなかった場合のための犯罪です。人の死亡について認識と認容があったのであれば、傷害致死罪ではなく殺人罪が成立します。保護責任者遺棄等致死罪(219条、218条)は結果的加重犯であり、死亡の結果について故意がある場合は含まれません。最決平成17年7月4日(シャクティ治療事件)は、未必的な殺意をもって必要な医療措置を受けさせずに患者を死亡させた被告人に不作為による殺人罪の成立を認め、殺意のない患者の親族との間では保護責任者遺棄致死罪の限度で共同正犯になるとしました。殺意の有無によって、殺人罪と保護責任者遺棄致死罪が分かれることになります。強盗致死傷罪については、殺意をもって人を死亡させた場合にも240条後段が適用されるという扱いがされており、この点は各論の強盗致死傷罪で扱います。

基本犯を教唆した者や共同して実行した者も、重い結果について責任を負います
判例は、重い結果について過失を要求しないので、基本犯に関与した共犯者にも、因果関係がある限り重い結果を帰責します。暴行を教唆した者は、教唆の時点で被害者が死亡する可能性を予見していなかったとしても、傷害致死罪の教唆犯となります。大判大正13年4月29日は、人を教唆して他人に暴行を加えさせた以上、その暴行の結果、他人を傷害し死亡させた場合には、教唆者は傷害致死の罪責を負うとしました。共同正犯についても、最判昭和26年3月27日は、共謀して強盗に着手した者の一人が、逃走中に逮捕を免れるため追跡してきた警察官に切りつけて死亡させた事案で、全員を強盗致死罪の共同正犯としました。基本犯を共同して実行した以上、そこから生じた重い結果は全員が共同して実現したものといえるからです。重い結果について過失を要求する見解からは、共犯者ごとに過失の有無を検討することになります。
刑法 第205条(傷害致死)
身体を傷害し、よって人を死亡させた者は、三年以上の有期拘禁刑に処する。
刑法 第219条(遺棄等致死傷)
前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
試験ではこう問われる
- 身体を圧迫する暴行で死亡させた場合、死亡を予見していなくても傷害致死罪が成立する(最判昭和32年2月26日、R6 問25 オ ×)
- 強制わいせつ致死傷罪(令和5年7月からは不同意わいせつ等致死傷罪、181条)は、基本犯と致死傷の結果との間に因果関係があれば足り、結果の発生について予見可能性がなくても成立する(R2 問24 オ ○)
- 大音量の騒音で精神的ストレスを与え、慢性頭痛症などの傷害を負わせた場合、暴行によらなくても傷害罪が成立する(R6 問25 エ ○)
- 暴行の故意で胸を突いて転倒させ傷害を負わせれば、傷害の故意がなくても暴行罪ではなく傷害罪が成立する(最判昭和25年11月9日、H30 問26 エ ×・出題当時)
- 保護責任者遺棄等致死罪は結果的加重犯であり、死亡結果について故意がある場合は含まれない
- 暴行を教唆された者が被害者を死亡させた場合、教唆者が死亡を予見していなくても傷害致死罪の教唆犯が成立する(大判大正13年4月29日)

