予見可能性と結果回避義務よけんかのうせいとけっかかいひぎむ
予見可能性とは、行為者が構成要件的結果とその結果に至る因果関係の基本的部分を予見できたことをいいます。結果回避義務とは、予見可能性を前提に、結果を回避するための適切な措置を採るべき義務をいい、過失犯はこの義務に違反したときに成立します。
見通しの悪い路地を自転車で走るとき、角から人が出てくるかもしれないと予想できるからこそ、速度を落として進むことが求められます。逆に、だれにも予想できない出来事についてまで備えを求めることはできません。また、どれだけ注意していても避けられなかった事故について、不注意を責めることもできません。刑法の過失犯も、結果を予見できたこと、それを前提に結果を避ける措置を採るべきだったこと、その措置を採っていれば結果を避けられたことがそろって、はじめて成立します。

過失犯の注意義務は、結果の予見可能性を前提とした結果回避義務です
過失犯が成立するには、行為者が注意義務に違反したことが必要です。注意義務は、結果の発生を予見できたことを前提に、その結果を回避するための措置を採るべき義務として組み立てられます。予見できない結果については回避の措置を採りようがないので、予見可能性がなければ結果回避義務は生じません。さらに、義務づけられた措置を採っていれば結果を回避できたという関係も必要です。予見可能性の判断の基準について、「過失犯における注意義務の内容をなす予見可能性は,結果の発生について,行為者自身が予見できなかった場合には,当該行為者と同じ立場にある通常人が予見できるときであっても,否定される」という肢(R2 問24 エ)は誤りです。過失犯の注意義務は、行為者と同じ立場に置かれた通常人であれば結果を予見できたかを基準に定められるので、行為者自身が予見できなかったというだけでは予見可能性は否定されないからです。
- 予見可能性特定の構成要件的結果と、その結果の発生に至る因果関係の基本的部分を予見できたことです
- 結果回避義務予見可能性を前提に、結果を回避するための適切な措置を採るべき義務です
- 結果回避可能性結果回避義務を尽くしていれば結果を回避できたという関係です
予見可能性は、一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りません
札幌高判昭和51年3月18日(北大電気メス事件)は、結果発生の予見とは、内容の特定しない一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りず、特定の構成要件的結果及びその結果の発生に至る因果関係の基本的部分の予見を意味するとしました。悪いことが起きるかもしれないという程度の予見で足りるとする危惧感説を退けたものです。過失犯の成立に必要な予見可能性は、危惧感ないし不安感を抱く程度の予見の可能性では足りません。予見できない結果について責任を問うことは、責任主義に反するからです。
因果経過は基本的部分を予見できれば足り、現実の経過を逐一予見できる必要はありません
予見の対象には結果に至る因果経過も含まれますが、現実にたどった経過の細部まで予見できる必要はありません。最決平成12年12月20日(生駒トンネル火災事件)は、電力ケーブルの接続工事で接地銅板の一つを取り付けなかったために火災が発生した事案を扱いました。最高裁は、炭化導電路が形成されるという経過を具体的に予見することはできなかったとしても、誘起電流が本来流れるべきでない部分に長期間流れ続けることによって火災の発生に至る可能性があることは予見できたとして、予見可能性を認めました。強度の弱い鋼材で補強した橋脚が崩落した事例でも、死亡に至る実際の因果経過を具体的に予見できなかったことは、業務上過失致死罪の成立を妨げません。強度不足によって橋脚が崩落し通行者が死亡するという基本的部分を予見できれば足りるからです。

死傷した人の存在を認識していなくても、人の死傷を予見できれば予見可能性は認められます
最決平成元年3月14日(荷台乗車事件)は、制限速度を大幅に超える無謀な運転で事故を起こし、後部荷台に乗っていた2名を死亡させた事案を扱いました。最高裁は、このような運転をすれば人の死傷を伴ういかなる事故を引き起こすかもしれないことは当然認識できたのであるから、後部荷台に2名が乗車している事実を認識していなかったとしても、業務上過失致死罪の成立は妨げられないとしました。予見の対象は、現に死亡したその人の死亡ではなく、およそ人の死傷で足りるということです。強度の弱い鋼材で補強した橋脚が崩落してトラックが川に転落し、荷台に無断で乗り込んでいた人が死亡した場合にも、その人に対する業務上過失致死罪が成立します。橋脚が崩落すれば橋の上を通行する人が死亡し得ることは予見できたので、荷台の人の存在を認識できなかったとしても、予見可能性は否定されないからです。
注意義務は法令上の根拠を要せず、行政取締法規を守っていても過失犯は成立し得ます
注意義務の内容は、その具体的な状況で行為者に何が求められるかによって決まります。その根拠は法令に限られず、契約、慣習、条理からも導かれます。道路交通法のような行政取締法規が定める義務は、注意義務の内容を決める手がかりになります。もっとも、行政取締法規は行政上の取締りを目的として一般的に義務を定めたものであり、刑法上の注意義務と完全に一致するわけではありません。行政取締法規の義務を遵守していても、慣習等から導かれる義務を遵守していなければ、過失犯が成立し得ます。取締法規を守っていても、具体的な状況のもとでそれ以上の措置が求められることがあるからです。逆に、取締法規に違反していても、その違反と結果との間に関係がなければ、直ちに過失犯が成立するわけではありません。
結果回避可能性がなければ過失犯は成立せず、被害者に過失があっても過失相殺は適用されません
最判平成15年1月24日(黄色点滅信号交差点事件)は、黄色点滅信号の交差点に徐行せずに進入したタクシーが、赤色点滅を無視して時速約70キロメートルで進入してきた車と衝突した事案を扱いました。最高裁は、時速10ないし15キロメートルに減速して交差道路の安全を確認していれば衝突を回避できたという事実には合理的な疑いが残るとして、無罪を言い渡しました。徐行義務に違反していても、義務を尽くしたところで結果を避けられなかったのであれば、過失犯は成立しません。他方で、被害者の側に落ち度があったことは、それだけでは行為者の過失を否定する理由になりません。相手方に重大な過失があったときでも、過失相殺によって過失の責任を免れることはできません。過失相殺は民法上の損害賠償の考え方であり、刑法上の犯罪の成否には適用されないからです。被害者の行動は、信頼の原則や結果回避可能性の判断の中で考慮されるにとどまります。

刑法 第211条(業務上過失致死傷等)
業務上必要な注意を怠り、よって人を死傷させた者は、五年以下の拘禁刑又は百万円以下の罰金に処する。重大な過失により人を死傷させた者も、同様とする。
札幌高判昭和51年3月18日(北大電気メス事件)結果発生の予見とは、内容の特定しない一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りず、特定の構成要件的結果及びその結果の発生に至る因果関係の基本的部分の予見を意味する
試験ではこう問われる
- 行為者自身が予見できなくても、同じ立場にある通常人が予見できれば、予見可能性は否定されない(R2 問24 エ ×)
- 予見可能性は、内容の特定しない一般的・抽象的な危惧感ないし不安感を抱く程度では足りない(札幌高判昭和51年3月18日)
- 現実の結果発生に至る経過を逐一具体的に予見できる必要はなく、因果関係の基本的部分を予見できれば足りる(最決平成12年12月20日)
- 後部荷台に人が乗っていることを認識していなくても、人の死傷を予見できれば業務上過失致死罪は成立する(最決平成元年3月14日)
- 義務を尽くしても結果を回避できたとはいえない場合、過失犯は成立しない(最判平成15年1月24日)
- 刑法上の過失犯に過失相殺は適用されない

