遺棄の意義(単純遺棄と保護責任者遺棄)いきのいぎ
遺棄とは、場所的離隔を生じさせることにより、扶助を必要とする者を保護のない状態に置くことをいいます。保護する責任のない者による遺棄は単純遺棄罪(217条)、保護する責任のある者による遺棄は保護責任者遺棄罪(218条)として処罰されます。
歩けないお年寄りを山に連れて行って置いてくる場合と、寝たきりの親を家に残して自分が出て行ってしまう場合とでは、動いたのが相手か自分かという違いはありますが、助けを必要とする人が誰の世話も受けられなくなる点は同じです。刑法は、こうした人を保護のない状態に置くことを、生命や身体を危険にさらす行為として処罰しています。そこで、どちらの行為までが「遺棄」に当たるのかが、行為者に保護する責任があるかどうかと結び付いて問題になります。

遺棄には、要扶助者を移動させる移置と、行為者が立ち去る置き去りがあり、218条の遺棄には置き去りが含まれます
217条は、老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者を処罰し、218条は、これらの者を保護する責任のある者が遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときを、より重く処罰します。遺棄の方法には、要扶助者を危険な場所に移動させる移置と、要扶助者を移動させずに行為者自身が離れる置き去りがあります。判例は、自動車で通行人に歩行不能の重傷を負わせた者が、被害者を自動車に乗せて現場を離れ、降雪中の薄暗い車道上で降ろして立ち去った事案で、218条にいう遺棄には単なる置き去りをも包含するとしました(最判昭和34年7月24日)。場所的離隔を伴わずに、同じ場所にいながら生存に必要な保護をしない場合は、遺棄ではなく218条後段の不保護に当たります。
- 単純遺棄罪(217条)主体に限定なし。遺棄。一年以下の拘禁刑(拘禁刑は令和7年6月から。それ以前は懲役・禁錮)
- 保護責任者遺棄等罪(218条)保護する責任のある者。遺棄又は不保護。三月以上五年以下の拘禁刑
- 遺棄等致死傷罪(219条)217条・218条の罪を犯し、よって人を死傷させた。傷害の罪と比較して、重い刑により処断する
217条の遺棄は移置に限り218条の遺棄は置き去りを含むとする見解と、両条の遺棄を同じ意味に解する見解があります
一つ目の見解は、217条の遺棄は移置に限られ、218条の遺棄は移置のほか置き去りを含むとします。置き去りは保護しないという不作為の性質をもつので、保護する責任のある者についてだけ処罰できると考えるからです。この見解からは、保護責任を有しない者が置き去り行為をした場合、217条で処罰することはできないという結論になります。保護責任を有する者が要扶助者から離れて保護のない状況に置いた場合は、218条で処罰することが可能であるという結論になります。この見解に対しては、隣り合った条文で用いられている同一の文言の解釈が異なることになり妥当でないという批判が向けられます。この見解が218条の「保護する責任」と不真正不作為犯における作為義務が一致するとする場合には、作為との同価値性を基礎付ける要件にすぎない作為義務が、刑を重くする要件である保護責任と同視されることになり妥当でないという批判も向けられます。二つ目の見解は、両条の遺棄を同じ意味に解します。その中には、両条とも移置と置き去りの両方を含み、両条の違いは保護責任の有無だけにあるとする見解と、両条とも移置に限り、置き去りは218条の不保護として扱うとする見解があります。重傷を負って倒れている見ず知らずの人を放置して立ち去っても、単純遺棄罪は成立しません。判例の立場では、保護する責任のない通行人が立ち去っただけの行為は、217条の遺棄に当たりません。

- 217条は移置に限り、218条は置き去りを含むとする見解保護責任のない者の置き去り=217条で処罰できない。批判=同一の文言の解釈が条文によって異なる
- 両条とも移置と置き去りを含むとする見解保護責任のない者の置き去りも、作為義務があれば217条で処罰できる
- 両条とも移置に限るとする見解置き去りは218条の不保護として扱う
遺棄罪は具体的な危険の発生を必要とせず、守る利益が生命だけか身体も含むかについて見解が分かれます
判例は、遺棄罪は扶助を必要とする者を遺棄することによって直ちに成立し、遺棄の結果として現実に生命・身体に対する危険が発生したかどうかを問わないとしています(大判大正4年5月21日)。遺棄罪は抽象的危険犯にあたります。217条の遺棄を移置に限る見解も、罪質については何も述べていないので、この見解から、生命に対する危険が具体化した場合に限り218条で処罰できるという結論にはなりません。守る利益については、遺棄罪を生命・身体に対する危険犯とする見解(A説)と、生命に対する危険犯とする見解(B説)があります。A説は、219条が致死だけでなく致傷についても加重処罰規定を置いていること、刑法典が殺人、傷害、過失傷害、堕胎の各罪の章の後に遺棄の罪の章を置いていること、遺棄罪の刑の上限が身体を守る傷害罪の刑の上限よりも軽いことを根拠にします。B説は、218条が「生存に必要な保護」をしなかったことを遺棄とともに処罰の対象としていること、身体に対する危険まで含めると処罰範囲が広くなり過ぎることを根拠にします。刑の上限が傷害罪より軽いことは、生命を守る罪であれば身体を守る傷害罪より重くなるはずだという関係にあるので、B説の根拠にはなりません。

遺棄の罪は遺棄した時点で成立し、未遂を処罰する規定はありません
遺棄の罪は、要扶助者を保護のない状態に置いた時点で成立します。未遂を処罰する規定はないので、遺棄の後に行為者が翻意して要扶助者を助けても、中止犯の規定が適用される余地はありません。幼児を山中に置き去りにした後、後悔して山中に戻り、衰弱した幼児を病院に運んで快復させても、遺棄罪の中止犯は成立しません。置き去りにした時点で罪は既に成立しているからです。遺棄によって要扶助者が死傷した場合は、遺棄等致死傷罪(219条)が成立し、傷害の罪と比較して重い刑により処断されます。219条は結果的加重犯なので、死亡の結果について故意がある場合は、殺人罪の成否が問題になります。
刑法 第217条(遺棄)
老年、幼年、身体障害又は疾病のために扶助を必要とする者を遺棄した者は、一年以下の拘禁刑に処する。
刑法 第218条(保護責任者遺棄等)
老年者、幼年者、身体障害者又は病者を保護する責任のある者がこれらの者を遺棄し、又はその生存に必要な保護をしなかったときは、三月以上五年以下の拘禁刑に処する。
刑法 第219条(遺棄等致死傷)
前二条の罪を犯し、よって人を死傷させた者は、傷害の罪と比較して、重い刑により処断する。
試験ではこう問われる
- 218条の遺棄には単なる置き去りが含まれる(最判昭和34年7月24日)
- 遺棄罪は、遺棄することによって直ちに成立し、生命・身体に対する具体的な危険の発生を必要としない(大判大正4年5月21日)
- 217条の遺棄を移置に限る見解からは、保護責任を有しない者の置き去りを217条で処罰することはできない
- この見解に対しては、隣り合った条文の同一の文言の解釈が異なることになるという批判が向けられる
- 見ず知らずの重傷者を放置して立ち去っただけでは、単純遺棄罪は成立しない
- 置き去りにした後に助けても、遺棄罪の中止犯は成立しない

