財物と財産上の利益ざいぶつとざいさんじょうのりえき
財物とは、窃盗罪などの客体となる有体物をいい、財産上の利益とは、債務の免脱や役務の提供のように財物以外の財産的利益の一切をいいます。財産上の利益を客体とするのは強盗・詐欺・恐喝の各2項です。
店の棚からパンを持ち去れば窃盗ですが、タクシーに乗って料金を踏み倒した場合、手に入れたのは「運んでもらった」「代金を払わずに済んだ」という形のないものです。刑法は、手に取れる物を財物、それ以外の財産的な得を財産上の利益と呼んで分けています。窃盗罪や横領罪は財物についてしか成立せず、利益については強盗・詐欺・恐喝の2項だけが処罰するので、客体がどちらに当たるかで成立する罪が変わります。

財物は有体物をいい、電気は窃盗・強盗・詐欺・恐喝に限って財物とみなされます
財物とは、固体・液体・気体という有体物をいうと解するのが通説です。電気は有体物ではありませんが、245条が「この章の罪については、電気は、財物とみなす」と定め、251条が詐欺・恐喝の罪に準用しています。隣の工場の電線をひそかに分岐させて自分の工場の電源にした事例では、欺く行為がないので詐欺罪は成立せず、電気という財物を占有者の意思に反して自己の支配に移したものとして窃盗罪が成立します。これに対し、横領の罪は245条を準用していません。勤務先の出張所のコンセントから無断で電気を使った所長に業務上横領罪は成立しません。「この章の罪については」という限定があるので、みなし規定のない罪にまで電気を財物として扱うことはできないからです。
情報そのものは財物ではありませんが、情報が記録された媒体は財物になります
情報は有体物ではないので、情報だけを見たり聞き出したりしても財物を取得したことにはなりません。もっとも、情報が紙やファイルに記録されていれば、その媒体は財物です。東京地判昭和59年6月28日(新薬産業スパイ事件)は、媒体の財物性は素材だけでなく「情報と媒体が合体したものの全体」について判断すべきであるとし、持ち出して複写した後に返還した資料ファイルについて窃盗罪の成立を認めました。情報は財産上の利益にも当然には当たりません。貸金の債務者の居場所を知る者に出刃包丁を突き付けて居場所を聞き出し、その後に債務者から返済を受けた場合には、強盗利得罪は成立しません。脅迫は居場所という情報を得ることに向けられており、情報を得ただけでは財産上の利益が移転したといえず、返済を受ける場面では暴行・脅迫が用いられていないからです。
所持が禁じられた物も財物であり、不動産は窃盗罪ではなく不動産侵奪罪の客体になります
覚醒剤のように法令で所持が禁じられた物(禁制品)も、財物に当たります。法律の手続によらなければ没収されないという限りで所持が保護されており、誰でも奪ってよいことにはならないからです。したがって、禁制品を盗めば窃盗罪、暴行・脅迫を用いて奪えば強盗罪が成立します。「Aは、Bが違法に所持しているけん銃を領得しようと考え、B宅を訪れた際に、Bに無断で、Bが押し入れに隠していたけん銃を自分の鞄の中に入れてB宅外に持ち出した。この場合、Aには窃盗罪が成立する」という肢(R4 問26 イ)は正しいです。土地や建物という不動産は、持ち去ることができないので窃盗罪の客体にはならず、その占有を奪う行為は不動産侵奪罪(235条の2)で処罰されます。隣の工場の敷地の一部にまたがって無断で鉄筋コンクリート製の倉庫を建てた事例では、占有者の占有を排除して自己の占有を設定したものとして不動産侵奪罪が成立します。不動産も詐欺・恐喝・横領では財物(物)に含まれるので、だまして登記を移させれば1項詐欺罪が成立します。

財産上の利益は、債務の免脱や役務の提供のように具体的な利益をいい、不法な利益も含みます
財産上の利益とは、財物以外の財産的利益の一切をいいます。代金や料金の支払を免れること、債務の返還請求を受けなくなること、タクシーで運んでもらうといった役務の提供を受けることが典型です。東京高判平成21年11月16日は、キャッシュカードを窃取した犯人が被害者を脅して暗証番号を聞き出した事例で、カードと暗証番号を併せ持つことにより預貯金の払戻しを受け得る地位を得たことが財産上の利益に当たるとして、2項強盗罪の成立を認めました。もっとも、暗証番号を知っても現金自動預払機の中の現金を占有したことにはなりません。「Aは、預金残高100万円であるB名義の銀行口座のキャッシュカードをBから盗み、同カードを現金自動預払機に挿入して100万円を引き出した。この場合、Aにキャッシュカードの窃取について窃盗罪が成立し、これとは別に100万円の引出しについて窃盗罪が成立する」という肢(R8 問26 オ)は正しいです。機械の中の現金を占有しているのは銀行であり、払戻権限のない者がカードで引き出せば、銀行の意思に反して現金の占有を移したものとして窃盗罪が成立します。条文の「財産上不法の利益」は、利益を得る方法が不法であるという意味で、利益そのものが適法であることを求めていません。最決昭和61年11月18日は、覚醒剤を取得した後、その返還ないし代金の支払を免れるために相手を殺害しようとした行為を、2項強盗による強盗殺人未遂罪に当たるとしました。「Aは,Bから麻薬購入資金として現金を預かっていたが,その返還を免れようと考え,Bに対し,その反抗を抑圧するに足りる程度の暴行・脅迫を加え,Bの反抗を抑圧し,その返還を免れた。この場合,Bは当該現金に関する法律上の請求権を有しなかったのであるから,Aには,強盗利得罪は成立しない」という肢(R3 問25 イ)は誤りです。相手に民法上の請求権が認められない場合でも、事実上請求を受けなくなるという利益は財産上の利益に含まれるからです。
- 財物有体物。電気は窃盗・強盗・詐欺・恐喝に限り財物とみなす(245条・251条)。禁制品も含む
- 不動産窃盗罪の客体にならず不動産侵奪罪(235条の2)。詐欺・恐喝・横領では客体になる
- 情報それ自体は財物でない。記録された媒体は財物
- 財産上の利益債務の免脱、役務の提供、預貯金の払戻しを受け得る地位。不法な利益も含む
刑法 第245条(電気)
この章の罪については、電気は、財物とみなす。
刑法 第235条の2(不動産侵奪)
他人の不動産を侵奪した者は、十年以下の拘禁刑に処する。
試験ではこう問われる
- 財物は有体物をいう。電気は245条で財物とみなされるが、横領の罪は245条を準用していない
- 情報そのものは財物でない。居場所の情報を聞き出して後に返済を受けても、強盗利得罪は成立しない
- 違法に所持されているけん銃のような禁制品も財物に当たる(R4 問26 イ ○)
- 不動産は窃盗罪の客体でなく、その占有を奪えば不動産侵奪罪(235条の2)になる
- 盗んだキャッシュカードで現金自動預払機から引き出せば、カードの窃盗とは別に、現金について窃盗罪が成立する(R8 問26 オ ○)
- 麻薬購入資金として預かった現金の返還を暴行・脅迫で免れれば、相手に法律上の請求権がなくても強盗利得罪が成立する(R3 問25 イ ×)。覚醒剤の代金の支払を免れる場合も同じである(最決昭和61年11月18日)

