緊急避難の成立要件(現在の危難・補充性・法益の権衡)きんきゅうひなんのせいりつようけん
緊急避難とは、自己または他人の生命、身体、自由または財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為であって、生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったものをいい、罰せられません(37条1項本文)。
暴走してきた車をよけるために、隣の家の庭に飛び込んで植木鉢を割ってしまったとします。隣の家の人は何も悪いことをしていませんから、正当防衛ではありません。それでも、命を守るためにほかに逃げ場がなく、壊したのが植木鉢で済んだのであれば、罰するのは酷です。刑法は、差し迫った危険を避けるために、ほかに方法がなく、守った利益より大きな害を出していない場合に限って、無関係な人の利益を犠牲にすることを許しています。相手が悪くない分、正当防衛より条件が厳しくなっています。

緊急避難は、現在の危難を無関係の第三者に転嫁して避ける行為であり、要件が厳しく定められています
正当防衛が不正の侵害者に対する反撃であるのに対し、緊急避難は、危難と無関係の第三者の正当な利益を犠牲にして危難を避ける行為です。不正対正ではなく、正対正の関係になります。現在の危難を避けるために第三者の法益を侵害したときにも、緊急避難は成立し得ます。第三者の正当な利益を害することを、一定の要件の下で許すのが緊急避難だからです。犠牲になる側に落ち度がないため、要件は正当防衛より厳しく、現在の危難があること、危難を避けるためにした行為であること、やむを得ずにした行為であること、生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったことが必要になります。
- 現在の危難生命、身体、自由、財産などに対する危難が、現に存在しているか、間近に押し迫っていること。原因は問わない
- 避難の意思危難を避けるためにした行為であること
- 補充性やむを得ずにした行為=その避難行為をする以外に他の方法がないこと
- 法益の権衡生じた害が避けようとした害の程度を超えなかったこと。同じ程度でもよい
危難の原因は人の行為に限られず、自然災害や動物による危害も含まれます
正当防衛の「急迫不正の侵害」と異なり、緊急避難の「危難」には「不正」という限定がありません。現在の危難の発生原因は人の行為に限られず、自然災害や動物による危害も含まれます。大判昭和8年11月30日は、豪雨で水田が水につかり稲苗が枯死するおそれがあったため、排水を妨げていた板堰を壊した事案で、現在の危難を認めました。また、37条1項が掲げる生命、身体、自由、財産は例示と解されており、名誉などの個人的法益のほか、国家的法益も含まれ得ます。国家的法益に対する現在の危難を避けるためにした行為にも、緊急避難が成立する余地があります。
「現在」の危難には、危難が間近に押し迫っている場合も含まれます
「現在の危難」とは、法益に対する危難が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいい、正当防衛の「急迫」と同じ意味に解されています。最判昭和24年8月18日は、急迫とは法益の侵害が間近に押し迫ったことをいうとしたうえで、37条の「現在の危難」についてもほぼ同様のことがいえるとしました。すでに過ぎ去った危難や、まだ先の将来の危難は、現在の危難に当たりません。
法律上受忍すべき侵害を免れるための行為には、緊急避難は成立しません
法秩序が受け入れることを義務づけている不利益は、避けることが許される危難には当たりません。適法な逮捕や適法な強制執行を受ける者は、それを受忍しなければならないからです。警察官の適法な逮捕を免れるには他に方法がなかったとして、第三者を突き飛ばして逃走し傷害を負わせた場合、緊急避難は成立しません。逮捕を免れる方法がほかになかったとしても、適法な逮捕は受忍すべきものであり、それを免れるために無関係の第三者を傷つけることは正当化されません。法益の権衡からみても、適法な逮捕を免れる利益が第三者の身体に優越することはありません。
「やむを得ずにした行為」とは、その避難行為をする以外に他の方法がないことをいいます
最大判昭和24年5月18日は、緊急避難の「やむを得ずにした行為」とは、当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行動に出たことが条理上肯定し得る場合を意味するとしました。これを補充性と呼びます。正当防衛の「やむを得ずにした行為」は相当性で足りますが、緊急避難では無関係の第三者を犠牲にするので、より厳しく解されます。最判昭和35年2月4日は、腐朽した吊橋をダイナマイトで爆破した事案で、通行制限の強化その他適当な手段、方法を講ずる余地がないことはなく、緊急避難を認める余地はないとしました。

生じた害が避けようとした害と同じ程度であっても、緊急避難は成立します
37条1項は、生じた害が避けようとした害の程度を「超えなかった場合に限り」罰しないと定めています。避けようとした害の方が大きい場合だけでなく、両者が同じ程度の場合も、「超えなかった」に当たります。財産どうしであれば価額が目安になります。大判昭和12年11月6日は、高価な猟犬を救うために、襲ってきた価額の低い他人の犬を傷つけた事案で、法益の権衡を認めました。時価30万円相当の飼い犬を救うために、他に方法がなく時価3万円相当の罠を壊した場合には、緊急避難が成立します。生じた害が避けようとした害の程度を超えた場合は、過剰避難の問題になります。
刑法 第37条第1項自己又は他人の生命、身体、自由又は財産に対する現在の危難を避けるため、やむを得ずにした行為は、これによって生じた害が避けようとした害の程度を超えなかった場合に限り、罰しない。ただし、その程度を超えた行為は、情状により、その刑を減軽し、又は免除することができる。
最大判昭和24年5月18日当該避難行為をする以外には他に方法がなく、かかる行動に出たことが条理上肯定し得る場合を意味する
試験ではこう問われる
- 現在の危難の原因は人の行為に限られず、自然災害や動物による危害も含まれる(大判昭和8年11月30日)
- 「現在の危難」には、危難が間近に押し迫っている場合も含まれる
- 適法な逮捕のように法律上受忍すべき侵害を免れるための行為には、緊急避難は成立しない
- 緊急避難の「やむを得ずにした行為」は、他に方法がないこと(補充性)を意味する(最大判昭和24年5月18日)
- 生じた害と避けようとした害が同じ程度でも、緊急避難は成立する

