正当防衛の急迫性(侵害の予期と積極的加害意思)せいとうぼうえいのきゅうはくせい
正当防衛の急迫性とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることをいいます。侵害を予期していただけでは失われませんが、その機会を利用して積極的に相手に加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、急迫性を欠きます。
いきなり殴りかかられたら、警察を呼んでいる暇はありません。その場で身を守るために反撃しても罰せられないのが正当防衛です。国が守ってくれるのを待てないほど差し迫っているからこそ、自分で実力を使うことが例外的に許されます。そのため、昨日殴られた仕返しや、来週襲われそうだから先に襲うという行為は、正当防衛になりません。また、襲われることが分かっていて、それを利用して相手を痛めつけるつもりで待ち構えた場合も、差し迫った状況とはいえなくなります。

「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、間近に押し迫っていることをいいます
最判昭和46年11月16日は、36条にいう「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、または間近に押し迫っていることを意味するとしました。侵害がすでに始まっている場合だけでなく、まさに始まろうとしている場合も含まれます。「急迫」というには、法益の侵害が現に存在していることまでは要しません。最判昭和24年8月18日も、「急迫」とは法益侵害の危険が緊迫したことを意味し、被害の現在性を意味するものではないとしています。被害の緊迫した危険にある者が、加害者が現に被害を与えるまで正当防衛を待たなければならない理由はないからです。
侵害が終わった後や、まだ押し迫っていない段階の行為には、急迫性がありません
急迫性は、侵害が過去のものになった場合と、まだ将来のものである場合には認められません。自動車を盗まれた翌日に、離れた路上でその自動車を見つけて取り戻した場合、窃盗という侵害はすでに終わっています。盗まれた自動車を翌日に離れた路上で見つけ、直ちに運転して自宅に戻った場合、正当防衛は成立しません。将来の侵害についても同じです。相手方による侵害が間近に押し迫る前に加害行為をした場合、正当防衛が成立する余地はありません。先に攻撃することが効果的な状況であっても、侵害が押し迫る前の先制攻撃は正当防衛になりません。これに対して、監禁のように侵害が続いている間は、いつでも急迫性があります。監禁されていた者が、監禁者の顔面を1回殴打してひるんだ隙に逃げた場合には、正当防衛が成立します。監禁されて2週間が経っていても、監禁という侵害は現に存在しているからです。

侵害を予期していたというだけでは、急迫性は失われません
襲われるかもしれないと分かっていた場合でも、それだけで正当防衛が否定されるわけではありません。最判昭和46年11月16日は、侵害があらかじめ予期されていたものであるとしても、そのことからただちに急迫性を失うものと解すべきではないとしました。最決昭和52年7月21日も、当然またはほとんど確実に侵害が予期されたとしても、そのことからただちに侵害の急迫性が失われるわけではないとしています。36条が急迫性を要件としているのは、予期された侵害を避けるべき義務を課する趣旨ではないからです。反撃行為を行った者が侵害を予期していたというだけでは、正当防衛は否定されません。暴力を振るわれるかもしれないと思いつつ仲直りのために家に戻り、殴られてとっさに相手の脇腹を蹴って肋骨骨折の傷害を負わせた事例でも、急迫性は失われません。予期していたにすぎず、憤激して反撃したことも防衛の意思を否定しないので、正当防衛が成立します。
予期した侵害の機会を利用し、積極的に加害行為をする意思で臨んだときは、急迫性を欠きます
最決昭和52年7月21日は、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないとしました。この意思を積極的加害意思と呼びます。「行為者が、単に予期された侵害を避けなかったというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、侵害の急迫性の要件を充たさず、正当防衛は成立し得ない」という肢(R6 問24 イ)は正しいです。積極的加害意思は、侵害が始まる前の段階で、侵害に臨む意思として問題になり、急迫性を否定します。これに対して、侵害が始まった後の反撃の時点で専ら攻撃の意思であった場合は、防衛の意思の問題として扱われます。また、共同正犯の場合、急迫性は各人について判断します。最決平成4年6月5日は、積極的な加害の意思で侵害に臨んだ者にとっては急迫性を欠き、その意思のなかった共同正犯者にだけ過剰防衛が成立するとしました。

平成29年決定は、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況から急迫性を判断します
最決平成29年4月26日は、36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、私人による対抗行為を例外的に許容したものであるとしました。そのうえで、侵害を予期したうえで対抗行為に及んだ場合の急迫性は、予期していたことから直ちに失われるのではなく、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきであるとしました。積極的加害意思が認められる場合は、急迫性が否定される場合の一つに位置づけられます。この事案では、呼出しに応じる必要がなく、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったのに、包丁を準備して出向いたことから、急迫性が否定されました。凶器ともいえるナイフを準備していたことだけで、予期の程度にかかわらず急迫性が否定されるわけではありません。凶器を準備したという一つの事情だけで決まるのではなく、予期の程度を含めた事情を総合して判断するからです。
- 行為者と相手方との従前の関係
- 予期された侵害の内容、侵害の予期の程度
- 侵害回避の容易性
- 侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性
- 対抗行為の準備の状況(凶器の性状など)
- 実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
- 行為者が侵害に臨んだ状況、その際の意思内容
刑法 第36条第1項急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
最決昭和52年7月21日単に予期された侵害を避けなかつたというにとどまらず、その機会を利用し積極的に相手に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだときは、もはや侵害の急迫性の要件を充たさないものと解するのが相当である
試験ではこう問われる
- 予期された侵害の機会を利用し積極的に加害行為をする意思で臨んだときは、急迫性を欠き正当防衛は成立しない(最決昭和52年7月21日、R6 問24 イ ○)
- 侵害を確実に予期していたというだけでは、急迫性は失われない(最判昭和46年11月16日、H29 問25 イ ×・出題当時)
- 「急迫」とは、法益の侵害が現に存在しているか、間近に押し迫っていることをいう
- 奪った鉄パイプで、逃げようとした相手を追い掛けて後ろから殴った場合は、正当防衛は成立しない(H25 問25 ア ×・出題当時)
- 前日に盗まれた自転車を他人の庭で見つけ、門扉の鍵を壊して立ち入り持ち帰っても、正当防衛は成立しない(H25 問25 イ ×・出題当時)
- 予期した侵害に対抗した場合の急迫性は、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況から判断する(最決平成29年4月26日)

