不正の侵害と防衛の対象(対物防衛・国家的法益の防衛)ふせいのしんがいとぼうえいのたいしょう
不正の侵害とは、違法に他人の法益を害し、または害する危険を生じさせる行為をいい、正当防衛はこの不正の侵害に対してだけ成立します。防衛の対象である「権利」には、生命・身体だけでなく財産も含まれ、判例は国家的・社会的法益も含まれ得るとしています。
正当防衛は「悪いことをしてきた相手に対して」やり返すから許される制度です。そこで、相手のしていることが法に反しているかどうかが出発点になります。わざとでなく不注意で突っ込んできた相手でも、法に反していることに変わりはないので、身を守ってかまいません。反対に、相手が正当防衛として向かってきているときは、相手は悪くないので、こちらが正当防衛を主張することはできません。守ってよいものは、体や命に限られず、財産も含まれます。

「不正」とは違法であることをいい、可罰的であることも、故意があることも要りません
判例は、36条にいう「不正」とは違法であることを指すとしています(大判昭和8年9月27日)。「不正」とは違法であることを意味し、侵害が全体としての法秩序に反することをいいます。侵害者を処罰するための要件ではなく、反撃を許すための前提ですから、侵害行為が処罰に値するものである必要はありません。「不正」の侵害というには、可罰的な行為であることを要しません。侵害者に責任能力があることも要りません。同じ理由で、故意による侵害か過失による侵害かも問いません。その侵害が相手方の過失に基づくものであっても、正当防衛は成立し得ます。過失行為も違法であることに変わりはなく、不正の侵害に当たり得るからです。
適法な行為は「不正」ではないので、正当防衛に対する正当防衛は成立しません
正当防衛が成立する行為は、違法性が阻却された適法な行為です。適法な行為は「不正」の侵害ではありませんから、これに対して反撃しても正当防衛にはなりません。正当防衛が成立する行為に対して反撃しても、正当防衛は成立しません。正当防衛は「不正」対「正」の関係でだけ成り立つからです。緊急避難を違法性阻却事由と解する立場では、緊急避難に当たる行為も適法ですから、これに対する正当防衛も成立しません。適法な行為によって危難を受ける者は、要件を充たせば緊急避難で対抗することができます。
動物による侵害に正当防衛で対抗できるかは、「不正の侵害」を人の行為に限るかどうかで分かれます
他人の飼い犬が突然襲ってきた場合に、その犬を傷つける行為は器物損壊罪の構成要件に該当します。飼い主に故意または過失がある場合は、飼い主の行為による不正の侵害ですから、正当防衛が成立し得ます。問題は、飼い主に故意も過失もない場合で、これを対物防衛と呼びます。「不正の侵害」は人の行為に限られると考える見解からは、正当防衛の成立は認められず、緊急避難の成否が問題になるという結論になります。この見解に対しては、補充性と法益均衡を必要とする緊急避難の限度でしか対抗できないのでは、襲われた側の保護が不十分であるという批判が向けられます。これに対して、違法性は客観的に判断されるから動物による侵害も「不正」であると考える見解からは、正当防衛が成立するという結論になります。なお、判例には、猟犬を救うために襲ってきた他人の犬を傷つけた事案で、緊急避難の法益の均衡を認めたものがあります(大判昭和12年11月6日)。
- 人の行為に限る見解飼い主に故意・過失がなければ正当防衛は不成立。緊急避難(補充性・法益均衡が必要)で対抗する。襲われた側の保護が不十分との批判がある
- 動物の侵害も不正とする見解違法性は客観的に判断するので、動物による侵害にも正当防衛が成立する

「権利」には財産も含まれ、財産を守るために相手の身体へ反撃しても正当防衛になり得ます
36条1項の「権利」は、法律上保護される利益を広く指します。「権利」には、個人の生命、身体、自由のみならず、財産も含まれます。守ろうとする利益と反撃で害する利益の種類が違っても、それだけで正当防衛が否定されることはありません。正当防衛では、緊急避難と異なり、法益の権衡が要件とされていないからです。自己の財産権への侵害に対して相手の身体の安全を侵害する反撃行為に及んでも、正当防衛となり得ます。最判平成21年7月16日は、建物に看板を取り付けようとする相手方の行為を、財産権や業務、名誉に対する急迫不正の侵害であるとして、これを防ぐための暴行に正当防衛の成立を認めています。もっとも、守ろうとする利益に比べて反撃が大きすぎる場合は、防衛行為の相当性の問題として過剰防衛になり得ます。
国家的・社会的法益のための正当防衛は、極めて緊迫した場合に限って認められます
36条1項は「自己又は他人の権利」と定めています。最判昭和24年8月18日は、国家的・公共的法益についても正当防衛が許されるべき場合があることを認めました。36条1項の「権利」は個人的法益に限られず、国家的法益や社会的法益も含まれ得ます。ただし同判決は、国家公共の法益を守ることは本来国家または公共団体の機関の任務であり、私人の行動に委ねるとかえって秩序を乱すおそれがあるとしています。そのため、国家公共の機関の有効な公的活動を期待し得ない極めて緊迫した場合においてのみ、例外的に許容されるにとどまります。国家的・社会的法益は「権利」に含まれ得ますが、正当防衛が認められる場面は狭いことになります。
刑法 第36条第1項急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
試験ではこう問われる
- 「不正」とは違法であることをいい、可罰的であることも、侵害者に責任能力があることも要らない(大判昭和8年9月27日)
- 過失による侵害も不正の侵害に当たり、正当防衛が成立し得る
- 正当防衛が成立する行為は適法なので、これに対する正当防衛は成立しない
- 「権利」には財産も含まれ、財産を守るために相手の身体へ反撃しても正当防衛となり得る(最判平成21年7月16日、H29 問25 ア ○・出題当時)
- 国家的・社会的法益のための正当防衛は、公的機関の活動を期待し得ない極めて緊迫した場合に限って認められる(最判昭和24年8月18日)

