自招侵害とけんかじしょうしんがいとけんか
自招侵害とは、防衛する者が自らの挑発や暴行によって相手の侵害を招いた場合をいいます。自ら招いた侵害であっても一律に正当防衛が否定されるわけではなく、判例は一定の場合に「反撃行為に出ることが正当とされる状況」にないとして正当防衛を否定しています。
自分から相手を殴っておいて、怒った相手が殴り返してきたところを「正当防衛だ」と言ってさらに殴るのは、虫がよすぎます。もとをたどれば自分がまいた種だからです。しかし、軽く小突いただけなのに相手が刃物を持ち出してきたような場合まで、身を守ることを許さないのは行きすぎです。そこで、自分が招いた侵害については、自分がした行為と相手の攻撃の釣り合いや、時間と場所のつながりを見て、反撃が許される状況かどうかを決めます。

自ら招いた侵害であっても、それだけで正当防衛が否定されるわけではありません
相手を挑発したり、先に手を出したりして侵害を招いた場合でも、一律に正当防衛が否定されるわけではありません。相手方を挑発して侵害を自ら招いた者が反撃した場合でも、正当防衛が成立する余地はあります。判例が正当防衛を否定したのは、後に述べるように、相手の攻撃が自らの暴行に触発された一連、一体の事態であり、かつ相手の攻撃が自らの暴行の程度を大きく超えない場合です。この条件を充たさない場合、たとえば言葉で挑発しただけなのに相手が凶器で襲ってきたような場合には、正当防衛が成立する余地が残ります。
平成20年決定は、反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないとしました
最決平成20年5月20日は、被告人が相手の頬を殴って走り去り、自転車で追いかけてきた相手に背後から殴られて転倒した後、護身用の特殊警棒で相手を殴って傷害を負わせた事案です。最高裁は、相手の攻撃は被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所での一連、一体の事態ということができ、被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるとしました。そのうえで、相手の攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものでないなどの事実関係の下では、被告人の傷害行為は、何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえないとして、正当防衛を否定しました。決め手になったのは、先行する行為が不正の行為であること、侵害がその直後に近接した場所で生じたこと、侵害が先行する行為の程度を大きく超えないことの三点です。
- 先行行為が不正の行為である被告人が先に相手に暴行を加えている
- 一連、一体の事態である相手の攻撃が、被告人の暴行に触発された、その直後における近接した場所でのものである
- 侵害が先行行為の程度を大きく超えない相手の攻撃が被告人の暴行の程度を大きく超えるものでない
判例は、自招侵害を急迫性の欠如としては構成していません
平成20年決定は、急迫性があるかどうか、積極的加害意思があるかどうかには触れず、反撃行為に出ることが正当とされる状況にあるかという形で正当防衛を否定しました。不正の行為により自ら侵害を招いたことから、相手からの侵害が急迫性を欠くとして正当防衛を否定する構成を、判例はとっていません。自らの攻撃によって触発された侵害であっても、正当防衛の余地は残ります。侵害を予期し、その機会を利用して積極的に加害する意思で臨んだ場合は、急迫性の問題として別に処理されます。学説には、自招侵害を、急迫性を欠く場合とする見解、防衛の意思を欠く場合とする見解、正当防衛の権利の濫用とする見解、相当性を厳しく判断する見解などがあります。
相手の攻撃が自らの行為の程度を大きく超える場合は、正当防衛や過剰防衛の余地があります
平成20年決定の枠組みからは、相手の攻撃が自らの先行行為の程度を大きく超える場合には、反撃行為に出ることが正当とされる状況が認められ得ます。因縁を付けて口論になった相手から拳で殴りかかられ、これを避けたうえで相手の胸部を拳で強打した場合も、因縁を付けて招いた侵害だという理由だけで、正当防衛や過剰防衛の成立が否定されるわけではありません。因縁を付けたという先行行為に対して、殴りかかるという侵害がその程度を大きく超えるといえる場合には、正当防衛または過剰防衛が成立する余地があるからです。侵害を招いたという事情があるだけで結論を決めず、先行行為と侵害の程度を比べることが求められます。

けんか闘争でも正当防衛が成立する余地があり、闘争を全般的に観察して判断します
互いに暴行し合うけんかは、双方が攻撃と防御を繰り返す一連の闘争行為です。最大判昭和23年7月7日は、闘争のある瞬間に一方がもっぱら防御に終始し正当防衛を行う観を呈することがあっても、闘争の全般からみて正当防衛の観念を入れる余地がない場合があるとしました。けんか闘争では、闘争行為中の瞬間的な部分の攻防の態様だけに着眼せず、闘争を全般的に観察することが必要です。もっとも、けんかであれば一律に正当防衛が否定されるわけではありません。最判昭和32年1月22日は、けんか闘争においても正当防衛が成立する場合があり得ることを認めています。「いわゆる喧嘩闘争については、闘争のある瞬間においては闘争者の一方がもっぱら防御に終始し、正当防衛を行う観を呈することがあっても、闘争の全般からみて防衛行為とみることはできず、正当防衛は成立し得ない」という肢(R6 問24 オ)は誤りです。素手のけんかの途中で一方が突然刃物を持ち出した場合のように、闘争の性質が変わったときは、正当防衛が認められ得ます。
刑法 第36条第1項急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない。
最決平成20年5月20日被告人は不正の行為により自ら侵害を招いたものといえるから、Aの攻撃が被告人の前記暴行の程度を大きく超えるものでないなどの本件の事実関係の下においては、被告人の本件傷害行為は、被告人において何らかの反撃行為に出ることが正当とされる状況における行為とはいえない
試験ではこう問われる
- けんか闘争でも、正当防衛が成立する余地がある(最判昭和32年1月22日、R6 問24 オ ×)
- けんか闘争では、瞬間的な攻防ではなく闘争を全般的に観察して判断する(最大判昭和23年7月7日)
- 自ら侵害を招いた場合でも、それだけで正当防衛が否定されるわけではない
- 不正の行為で招いた侵害が自らの暴行の程度を大きく超えない場合は、反撃行為に出ることが正当とされる状況にない(最決平成20年5月20日)
- 平成20年決定は、自招侵害を急迫性の欠如として構成していない

