不法領得の意思(窃盗罪)ふほうりょうとくのいし
不法領得の意思とは、権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用し又は処分する意思をいいます。窃盗罪などの領得罪で、故意とは別に必要とされる主観的要件です。
友人の自転車を黙って5分だけ借りてすぐ戻した人と、同僚を困らせるために印鑑を持ち出して隠した人は、どちらも他人の物を無断で持ち出しています。しかし、どちらも泥棒と呼ぶには違和感があります。前者は持ち主の利用をほとんど妨げておらず、後者は物を使って得をしようとしていないからです。窃盗罪は、条文に書かれた故意のほかに、他人の物を自分の物として利用しようとする意思を要求することで、この二つを窃盗罪から外しています。

不法領得の意思は、権利者を排除する意思と、物を利用・処分する意思の二つからなります
判例は、不法領得の意思を、権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い利用し又は処分する意思と定義しています(最判昭和26年7月13日)。前半の権利者排除意思は、処罰に値しない一時使用(使用窃盗)を窃盗罪から除く働きをします。後半の利用処分意思は、窃盗罪を毀棄・隠匿の罪から区別する働きをします。窃盗罪の刑が器物損壊罪より重いのは、物を利用して利益を得ようとする動機が強い非難に値するからで、利用処分意思はこの重い刑を根拠づける要素です。不法領得の意思は条文に書かれていない要件であり、占有を移すことの認識である故意とは別に必要とされます。落とし物を警察に届け出るために持ち出した者には、所有者として振る舞う意思も利用する意思もないので、窃盗罪も占有離脱物横領罪も成立しません。
一時使用でも、乗り捨てるつもりの場合や、長時間にわたり自己の支配下に置く場合には、権利者排除意思が認められます
権利者排除意思が否定されるのは、短時間使ってすぐに元の場所へ戻すつもりであり、持ち主の利用をほとんど妨げない場合に限られます。使った後に乗り捨てるつもりであれば、持ち主が物を取り戻せるかどうかは偶然に左右されるので、権利者を排除する意思があります。約30分ほど自転車に乗り、駅に着いたら駅前に乗り捨てるつもりだった場合も、権利者排除意思が認められ、窃盗罪が成立します。さらに、元の場所に戻すつもりがあっても、不法領得の意思が認められることがあります。最決昭和55年10月30日は、深夜、駐車場から他人所有の時価約250万円相当の自動車を無断で乗り出し、4時間余り乗り回した事案で、数時間にわたって完全に自己の支配下に置く意図があった以上、「たとえ、使用後に、これを元の場所に戻しておくつもりであったとしても」不法領得の意思があったとしました。「Aは、深夜、駐車場から、B所有の普通乗用自動車をBに無断で乗り出し、その後4 時間余りの間、同自動車を乗り回し、元の場所にこれを戻した。この場合、Aに窃盗罪は成立しない」という肢(R8 問26 ウ)は誤りです。返還する意思の有無だけで決めるのではなく、物の価値、使用する時間、持ち主の利用を妨げる程度から判断していることになります。
壊す、隠す、捨てるだけの目的で持ち出した場合は、利用処分意思がなく窃盗罪は成立しません
利用処分意思は、物から生じる何らかの効用を享受する意思があれば認められます。経済的な利益を得る目的や、物の本来の用途どおりに使う目的に限られません。自宅で分解して部品を売るつもりで知人の自動車を無断で運転して走り去る場合や、特定の候補者の得票数を増加させる目的で投票用紙を持ち出す場合にも、不法領得の意思が認められます。判例は、投票用紙をあたかも自己の所有物のように投票用紙として利用する意思があるとして、不法領得の意思を認めています(最判昭和33年4月17日)。これに対し、壊す、隠す、捨てるだけの目的のときは、物の効用を享受する意思がありません。持ち主への嫌がらせのために自宅の物置に隠しておくつもりで自転車を持ち帰った場合は、利用処分意思がなく、窃盗罪は成立しません。警察に通報されないように、その場で壊す目的で被害者のかばんから携帯電話を取り出して破壊した事例でも、窃盗罪は成立しません。最決平成16年11月30日は、支払督促の正本を名宛人に成り済まして郵便配達員から受け取った事案で、「廃棄するだけで外に何らかの用途に利用、処分する意思がなかった場合には」不法領得の意思を認めることはできないとしました。受領が財産を差し押さえるための手段であっても、正本そのものを利用する意思ではないので結論は変わりません。したがって、この場合には詐欺罪は成立しません。不法領得の意思は詐欺罪でも必要とされることが、この決定から分かります。

不法領得の意思を不要とする見解や、一方だけを要求する見解からは、事例の結論が変わります
不法領得の意思の内容については、権利者排除意思と利用処分意思の両方を必要とする見解(判例)、権利者排除意思だけを必要とする見解、利用処分意思だけを必要とする見解、不法領得の意思を不要とする見解が並びます。上司を困らせる目的で会社の銀行届出印を持ち出して自宅の天井裏に隠匿した事例では、権利者排除意思はありますが利用処分意思がありません。したがって、両方を必要とする見解と利用処分意思だけを必要とする見解からは窃盗罪が成立せず、権利者排除意思だけを必要とする見解と不要とする見解からは成立するという結論になります。一時的に借用して直ちに戻す意思で自転車を無断で乗り出し、5分後に元の場所に戻した事例では、利用処分意思はありますが権利者排除意思がありません。したがって、両方を必要とする見解と権利者排除意思だけを必要とする見解からは成立せず、利用処分意思だけを必要とする見解と不要とする見解からは成立するという結論になります。得票数を水増しする目的で投票用紙を持ち出して支持者らに交付した事例では、二つの意思がともに認められるので、どの見解からも窃盗罪が成立するという結論になります。不要とする見解に対しては、一時使用を広く処罰することになり、窃盗罪と毀棄・隠匿の罪の刑の差も説明できないという批判が向けられます。必要とする見解に対しては、隠匿の目的で持ち出した場合に、毀棄・損壊を物理的な破壊に限ると処罰できなくなるという批判が向けられます。
- 隠匿目的で届出印を持ち出す排除意思あり・利用処分意思なし。両方必要説=不成立/排除意思のみ必要説=成立/利用処分意思のみ必要説=不成立/不要説=成立
- 5分だけ自転車を借りて戻す排除意思なし・利用処分意思あり。両方必要説=不成立/排除意思のみ必要説=不成立/利用処分意思のみ必要説=成立/不要説=成立
- 水増し目的で投票用紙を持ち出す両方あり。どの見解からも成立
最決平成16年11月30日廃棄するだけで外に何らかの用途に利用、処分する意思がなかった場合には、支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできない
試験ではこう問われる
- 不法領得の意思は、権利者排除意思と利用処分意思からなる(最判昭和26年7月13日)
- 乗り捨てるつもりで他人の自動車を無断で運転して走り去れば、不法領得の意思が認められる
- 元の場所に戻すつもりでも、深夜に他人の自動車を無断で4時間余り乗り回せば、窃盗罪が成立する(最決昭和55年10月30日。R8 問26 ウ ×)
- 分解して部品を売る目的や、得票数を増加させる目的で投票用紙を持ち出す場合にも、不法領得の意思が認められる(最判昭和33年4月17日)
- 嫌がらせのために隠す目的、その場で壊す目的で持ち出した場合は利用処分意思がなく、窃盗罪は成立しない
- 支払督促正本を廃棄するだけの目的で郵便配達員から受領しても、不法領得の意思がなく詐欺罪は成立しない(最決平成16年11月30日)

