侮辱罪(名誉毀損罪との区別・保護法益)ぶじょくざい
侮辱罪とは、事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱する罪です(231条)。具体的な事実を摘示して人の名誉を毀損する名誉毀損罪とは、判例によれば事実の摘示の有無で区別されます。
大勢の前で「あいつは馬鹿だ」と言うのと、「あいつは試験で不正をした」と言うのとでは、周りの受け止め方が違います。後者は具体的な出来事を示しているので、聞いた人が信じやすく、社会的評価が害される危険が大きいといえます。刑法は、具体的な事実を摘示した場合を名誉毀損罪、事実を摘示せずに軽蔑の評価だけを表した場合を侮辱罪として、刑の重さに差をつけています。

侮辱罪と名誉毀損罪は、判例によれば事実の摘示の有無で区別されます
侮辱とは、人に対する軽蔑の表示をいいます。判例は、侮辱罪の保護法益も名誉毀損罪と同じく外部的名誉であり、二つの罪は事実の摘示の有無で区別されるという立場です。具体的な事実を摘示して人の社会的評価を害すれば名誉毀損罪が成立し、事実を摘示せずに「馬鹿」「無能」といった評価だけを公然と表せば侮辱罪が成立します。法定刑は、名誉毀損罪が3年以下の拘禁刑(令和7年6月から。それ以前は懲役・禁錮)又は50万円以下の罰金、侮辱罪が1年以下の拘禁刑若しくは30万円以下の罰金又は拘留若しくは科料です。侮辱罪も「公然と」行うことが要件で、名誉毀損罪と同じく親告罪です(232条1項)。侮辱罪には、230条の2のような真実であることの証明による不処罰の規定はありません。
保護法益を外部的名誉とみる見解と名誉感情とみる見解が対立し、それぞれに批判が向けられます
侮辱罪の保護法益も外部的名誉であり、名誉毀損罪との違いは事実の摘示の有無であるとする見解が、判例の立場です。この見解からは、231条が侮辱が被害者の面前で行われることを要件としていないのは、本人が知るかどうかにかかわらず社会的評価が害されるからだと説明されます。「公然たる侮辱の言葉はやがて本人に伝わるので面前性は不要だからである」という説明は、名誉感情を保護法益とする見解からの説明であり、外部的名誉とみる見解からの説明ではありません。外部的名誉とみる見解に対しては、231条の「事実を摘示しなくても」という文言は「事実を摘示しないで」という意味にはならないはずであるという批判があります。同じ外部的名誉を害するのに法定刑に差があることを説明しにくいという批判も、この見解に向けられます。法定刑の差を説明できないという批判は、名誉感情とみる見解に向けられるものではありません。これに対し、名誉毀損罪の保護法益は外部的名誉、侮辱罪の保護法益は名誉感情であるとする見解があります。名誉感情は面と向かって侮辱されれば害されるはずなので、この見解は、231条が公然性を要件としている理由を、侮辱行為が公然となされるかどうかでその当罰性に差異が生ずるからであると説明します。それでも、侮辱罪の規定が公然性を要求していることを十分に説明できないという批判が、この見解に向けられます。この見解の中には、231条の「事実を摘示しなくても」を、事実の摘示の有無にかかわらず侮辱罪が成立し得るという趣旨に解釈するものがあります。この解釈からは、名誉毀損罪が成立する場合にも、同時に侮辱罪が成立する可能性があることになります。

法人・幼児・意識のない患者に対する侮辱罪の成否は、保護法益の見解によって分かれます
保護法益を外部的名誉とみる見解からは、社会的評価は法人にも幼児にも認められるので、これらの者に対する侮辱罪が成立します。判例は、231条の「人」には法人も含まれるとして、保険会社に対する侮辱罪の成立を認めました(最決昭和58年11月1日)。これに対し、保護法益を名誉感情とみる見解からは、名誉感情を持たない者に対する侮辱罪は成立しないという結論になります。この見解からは、法人に対する侮辱罪の成立を認めることはできず、意識を喪失した終末期の患者に対する侮辱罪も成立しないことになります。そのため、名誉感情とみる見解に対しては、幼児・重度の精神障害者・法人に対する侮辱罪が成立しないのは妥当でないという批判があります。
- 外部的名誉とみる見解(判例)法人・幼児・意識のない患者に対しても侮辱罪が成立します。名誉毀損罪との違いは事実の摘示の有無です
- 名誉感情とみる見解名誉感情を持たない法人・幼児・意識のない患者に対しては侮辱罪が成立しません。公然性が要件とされている理由の説明が課題になります
令和4年の改正で法定刑が引き上げられ、侮辱罪の教唆や幇助も処罰されるようになりました
改正前の侮辱罪の法定刑は、拘留又は科料だけでした。64条は、拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ罰しないと定めているので、改正前は侮辱罪の教唆者と従犯は処罰されませんでした。令和4年の改正(令和4年7月7日施行)で、法定刑は「一年以下の懲役若しくは禁錮若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」に引き上げられ、令和7年6月からは懲役・禁錮が拘禁刑にまとめられて、現在の「一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料」になっています。侮辱罪は拘留又は科料のみに処すべき罪ではなくなったので、現在は64条の適用がなく、侮辱罪の教唆犯も幇助犯も成立します。公訴時効も、拘留又は科料に当たる罪の1年から、長期5年未満の拘禁刑又は罰金に当たる罪の3年に延びています(刑事訴訟法250条2項6号・7号)。事実を摘示せずに公然と人を侮辱することを教唆した者に侮辱教唆罪は成立しないという結論は、改正前の法定刑を前提にしたものです。

刑法 第231条(侮辱)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
刑法 第64条(教唆及び幇助の処罰の制限)
拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者及び従犯は、特別の規定がなければ、罰しない。
試験ではこう問われる
- 判例は、侮辱罪の保護法益も外部的名誉とし、名誉毀損罪とは事実の摘示の有無で区別する
- 判例は法人に対する侮辱罪の成立を認める(最決昭和58年11月1日)
- 名誉感情とみる見解からは、法人や意識を喪失した終末期の患者に対する侮辱罪は成立しない
- 名誉感情とみる見解には、公然性の要求を十分に説明できないという批判と、幼児・重度の精神障害者・法人に対する侮辱罪が成立しないのは妥当でないという批判がある
- 拘留又は科料のみに処すべき罪の教唆者・従犯は、特別の規定がなければ罰せられない(64条。R5 問25 3 ×)
- 令和4年の改正で侮辱罪の法定刑に懲役・禁錮(令和7年6月からは拘禁刑)と罰金が加わったので、侮辱罪の教唆犯・幇助犯も成立する
- 侮辱罪も親告罪である(232条1項)

