公然性と伝播性の理論こうぜんせいとでんぱせいのりろん
公然とは、不特定又は多数の人が認識することのできる状態をいいます。伝播性の理論とは、特定かつ少数の人に対する摘示であっても、そこから不特定又は多数の人に伝播する可能性があれば公然性を認める考え方です。
悪口を本人と二人きりの部屋で言っても、周りの人がその人を見る目は変わりません。名誉毀損罪や侮辱罪が「公然と」行うことを要件にしているのは、社会的評価が害される危険が生じるのは、話が世間に広まり得る場合だからです。そこで判例は、直接聞いた人が少なくても、その人たちから話が広まる可能性があれば「公然と」に当たるとしています。

公然とは、不特定又は多数の人が認識することのできる状態をいいます
判例は、公然とは不特定又は多数の人が認識することのできる状態をいうとしています(大判昭和3年12月13日)。不特定とは相手が限定されていないことをいい、多数とは相手が限定されていても数が多いことをいいます。どちらか一方に当たれば足ります。誰でも入れる場所で話せば、実際に聞いた人が少なくても、不特定の人が認識することのできる状態にあります。また、認識することのできる状態にあれば足り、現実に誰かが認識したことは要りません。誰でも閲覧できるインターネット上の掲示板への書き込みは、不特定多数の人が閲覧できる状態に置くものなので、公然性が認められます。

特定かつ少数の者への摘示でも、不特定又は多数の人に伝播する可能性があれば公然性が認められます
判例は、自宅で知人に、また被害者宅でその家族や近隣住民数名に、ある人が放火の犯人であるという話をした事案で、不定多数の人の視聴に達せしめ得る状態において事実を摘示したものであるとして、公然性を認めました(最判昭和34年5月7日)。直接の相手が特定かつ少数でも、その人たちを通じて不特定又は多数の人に伝播する可能性があれば足りるという考え方で、伝播性の理論と呼ばれます。高校生が同級生の非行を、特に口止めもせずに同級生2名に告げ、クラスの全生徒30名の知るところとなった場合にも、公然性が認められます。
伝播する可能性がない相手への摘示では、公然性が否定されます
伝播する可能性は、相手の立場や摘示の場所と方法に即して具体的に判断されます。判例は、守秘義務を負う検察官らの面前での発言(最決昭和34年2月19日)や、家族と家政婦だけが居合わせた自宅の玄関内での発言(最決昭和34年12月25日)について、公然性を否定しています。以前交際していた女性の両親に宛てて、その女性についてうその事実を記載した手紙を匿名で郵送した場合には、名誉毀損罪は成立しません。相手は両親に限られており、娘の不名誉な話を両親が他人に広めるとは通常考えられないので、伝播する可能性がないからです。伝播性の理論に対しては、公然性は摘示行為そのものの態様の問題であり、聞いた相手が他人に話すかどうかという事情で犯罪の成否が左右されるのは妥当でないという批判があります。

侮辱罪の「公然と」や信用毀損罪の「流布」でも、同じ考え方がとられています
侮辱罪(231条)も「公然と」人を侮辱することを要件としており、公然の意味は名誉毀損罪と同じです。信用毀損罪(233条)の「流布」についても、判例は、直接には少数の者に伝えた場合でも、その者を介して多数の者に伝播するおそれがあれば足りるとしています(大判昭和12年3月17日)。公然と摘示すれば、社会的評価を害するおそれのある状態が生じたといえます。現実に話が広まったことや、社会的評価が現実に低下したことは要りません。
刑法 第230条第1項公然と事実を摘示し、人の名誉を毀損した者は、その事実の有無にかかわらず、三年以下の拘禁刑又は五十万円以下の罰金に処する。
刑法 第231条(侮辱)
事実を摘示しなくても、公然と人を侮辱した者は、一年以下の拘禁刑若しくは三十万円以下の罰金又は拘留若しくは科料に処する。
試験ではこう問われる
- 公然とは、不特定又は多数の人が認識することのできる状態をいう(大判昭和3年12月13日)
- 認識することのできる状態に置けば足り、現実に認識されたことは要らない(R1 問26 ウ ×・出題当時)
- 特定かつ少数の者への摘示でも、不特定又は多数の人に伝播する可能性があれば公然性が認められる(最判昭和34年5月7日)
- 守秘義務を負う検察官らの面前での発言は、公然性が否定される(最決昭和34年2月19日)
- 被害者の両親だけに宛てた手紙は、伝播する可能性がなく公然性が否定される
- 信用毀損罪の「流布」も、少数の者を通じて順次伝播させる場合を含む(大判昭和12年3月17日)

