占有の存否(窃盗と遺失物等横領の区別)せんゆうのそんぴ
占有の存否とは、領得された時点でその財物に誰かの事実上の支配が及んでいたかどうかという問題です。占有があれば窃盗罪が、誰の占有にも属さなければ遺失物等横領罪が成立します。
公園のベンチに財布を置き忘れて歩き出した直後に、それを見ていた人が持ち去った場合と、電車に置き忘れて降りてしまった後に別の乗客が持ち去った場合とでは、成立する罪が違います。前者は窃盗罪、後者は遺失物等横領罪です。窃盗罪は他人の占有を奪う罪なので、持ち去った時点で誰かの占有が残っていたかどうかで分かれます。十年以下の拘禁刑(拘禁刑は令和7年6月から。それ以前は懲役・禁錮)と一年以下の拘禁刑という大きな差がつくため、占有があるかどうかが繰り返し問われます。

刑法上の占有は財物に対する事実上の支配をいい、占有の事実と占有の意思から判断します
窃盗罪にいう占有とは、財物に対する事実上の支配をいいます。民法の占有と違い、代理占有や相続による占有の承継は認められず、現実に支配しているかどうかが基準になります。もっとも、手に持っていることや見張っていることまでは必要ありません。最判昭和32年11月8日は、占有は物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在すれば足りるとしました。占有があるかどうかは、支配の事実(客観面)と支配する意思(主観面)を合わせて、社会通念に従って判断します。自宅の中にある物は、所在を見失っていても居住者の占有に属します。他人の家の中で、住人が所在を見失っていた指輪を見つけて持ち去れば、窃盗罪が成立します。自宅は居住者の排他的な支配が及ぶ場所だからです。看守者のいない仏堂に所有者が据え置いてまつっていた仏像も、所有者が存在を意識して特にそこに置いたものなので所有者の占有に属し、持ち去れば窃盗罪が成立します。海中に取り落とした金塊について、落とし主がおおよその落下場所を教えて回収を依頼し、その眼前で潜った者が持ち去った事例でも、落とし主に支配の意思と支配可能な状態があるので窃盗罪が成立します。
置き忘れた物は、時間的・場所的に近接していれば置き忘れた人の占有が続きます
置き忘れた物については、置き忘れてから領得されるまでの時間と距離、置き忘れた場所を覚えていてすぐに取り戻せる状態にあったかどうかから、占有が続いているかを判断します。最判昭和32年11月8日は、バスを待つ行列の中で写真機を置き忘れ、その間が約5分、距離が約20メートルにすぎなかった事案で、被害者の占有を認めました。最決平成16年8月25日は、公園のベンチにポシェットを置き忘れた被害者が約27メートル離れた歩道橋の踊り場まで歩いた時点で領得された事案で、被害者が一時的に失念したまま立ち去りつつあったことを考慮しても占有は「なお失われておらず」、窃盗罪が成立するとしました。この決定が見ているのは、被害者が気づいた時点ではなく、犯人が領得した時点で被害者がどれだけ離れていたかです。領得の時点が判断の基準になるのは、窃盗罪がその時点の占有を奪う罪だからです。ベンチにポシェットを置き忘れた事例の「Bがその公園から約20m離れたところを歩いているときに、その姿を見ながら、同ポシェットを持ち去った。Bは、その後さらに約200m、約 2 分間歩いた先で同ポシェットがないことに気付き、公園に戻ったが、既に同ポシェットは見当たらなかった。この場合、Aに窃盗罪ではなく占有離脱物横領罪が成立する」という肢(R8 問26 エ)は誤りです。

電車内の忘れ物には誰の占有も及ばず、持ち去ると遺失物等横領罪になります
持ち主が電車を降りてしまえば、走り去る車内の物を取り戻すことはできないので、持ち主の占有は失われます。では鉄道会社や乗務員の占有に移るかというと、判例は、乗務員は列車内の遺失物について当然に占有者となるものではないとしています。電車の座席や網棚は一般の乗客が自由に出入りする場所で、管理者の支配が十分に及んでいないからです。したがって、隣の席の乗客が財布を座席に置き忘れたまま下車したのを目撃し、次の駅に到着した時点で財布を取得して持ち帰った場合には、窃盗罪は成立しません。財布は占有を離れた他人の物であり、成立するのは遺失物等横領罪です。網棚にかばんを置き忘れたまま下車した乗客のかばんを次の駅で持ち去る事例でも、窃盗罪は成立しません。養殖用のいけすから自然湖に逃げ出した錦鯉を捕獲した事例も同じで、いけすの外の湖にまで養殖者の支配は及ばないので、窃盗罪は成立せず遺失物等横領罪が成立します。
旅館のように管理者の支配が及ぶ場所では、忘れ物は管理者の占有に移ります
持ち主の占有が失われても、その場所を排他的に管理する者がいれば、物の占有は管理者に移ります。判例は、旅館の中で客が置き忘れた物は、旅館主がその事実を知っているかどうかにかかわらず旅館主の占有に属するとしています。旅館内の共同浴場の脱衣場で他の宿泊客が置き忘れた時計を持ち出して自分のものにすれば、時計は旅館主の占有に属するので窃盗罪が成立します。ゴルフ場の池に沈んだロストボールも、ゴルフ場が回収して再利用する意思で管理している場合にはゴルフ場の占有に属します。「甲ゴルフ場内の人工池の底から多数のロストボールをすくい取り、これを甲ゴルフ場外に持ち出した。甲ゴルフ場では、いずれそのロストボールを回収して再利用することが予定されていた場合、Aには窃盗罪が成立する」という肢(R4 問26 ウ)は正しいです。電車との違いは、管理者の支配がその場所全体に及んでいるかどうかにあります。なお、占有は一度失われると、元の管理者の知らないところで回復することはありません。借りた自動車の中で前の客の忘れ物である現金を見つけ、届けるつもりで持ち出して保管していた者が、返還の間際に自分のものにしようと思い立って持ち帰った場合には、窃盗罪は成立しません。持ち出した時点では領得する意思がなく、領得の意思を生じた時点では現金はその者の手元にあって貸主の占有は及んでいないからです。
- 自宅内で所在を見失った物居住者の占有が続く。持ち去れば窃盗罪
- 置き忘れた直後・近くにいる置き忘れた人の占有が続く(約5分・約20メートル、約27メートルの事案)。窃盗罪
- 旅館内の忘れ物旅館主の占有に移る。窃盗罪
- 電車の座席・網棚の忘れ物誰の占有も及ばない。遺失物等横領罪
- いけすから自然湖に逃げた錦鯉養殖者の占有を離れる。遺失物等横領罪
刑法 第254条(遺失物等横領)
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、一年以下の拘禁刑又は十万円以下の罰金若しくは科料に処する。
試験ではこう問われる
- 占有は財物に対する事実上の支配をいい、支配力の及ぶ場所にあれば足りる(最判昭和32年11月8日)
- 公園のベンチに置き忘れ、約27メートル離れた時点で領得されたポシェットには被害者の占有が残る(最決平成16年8月25日)。約20メートル離れた時点で持ち去った事例でも窃盗罪が成立する(R8 問26 エ ×)
- 占有の有無は、被害者が気づいた時点ではなく、領得された時点の時間的・場所的近接性で判断する
- 電車の座席に置き忘れられた財布を次の駅で取得しても窃盗罪は成立せず、遺失物等横領罪が成立する
- ゴルフ場が回収・再利用を予定している池のロストボールはゴルフ場の占有に属し、持ち出せば窃盗罪が成立する(R4 問26 ウ ○)
- 旅館の脱衣場に宿泊客が置き忘れた時計は旅館主の占有に属し、持ち出せば窃盗罪が成立する

