詐欺罪の財産的損害さぎざいのざいさんてきそんがい
詐欺罪の財産的損害とは、欺かれて財物や利益を交付したことによって被害者に生じる財産上の不利益をいいます。判例は、相当な対価が支払われていても、真実を告げれば相手方が交付しなかったといえる場合には詐欺罪の成立を認めています。
「飲めば視力が回復する」と偽って、ただの飲料を相場どおりの値段で売った場合を考えます。買った人は値段相応の飲料を手にしていますから、帳尻だけ見れば損をしていないようにも見えます。しかし、視力が回復しないと知っていれば、その人は代金を払わなかったはずです。詐欺罪は、だまされなければ手放さなかった財産を手放させる罪なので、対価を受け取っていても、交付したこと自体が損害になり得ます。

相当な対価を提供しても、真実を告げれば交付しなかったといえれば詐欺罪が成立します
詐欺罪は個別の財産に対する罪であり、被害者の財産全体が差引きで減ったことは要件ではありません。最決昭和34年9月28日は、たとえ価格相当の商品を提供したとしても、事実を告知するときは相手方が金員を交付しないような場合において、ことさら商品の効能などにつき真実に反する誇大な事実を告知して相手方を誤信させ、金員の交付を受けたときは、詐欺罪が成立するとしました。効能を偽って飲料や健康食品を販売した場合は、販売価格が適正妥当であっても詐欺罪が成立します。いずれも、客は効果があると信じたからこそ代金を払っており、代金という財物を失ったことが損害に当たります。
損害の捉え方については、交付自体を損害とみる見解と、実質的な損害を求める見解があります
財物や利益の交付があれば、それ自体が損害であるとする見解からは、欺かれて交付した以上、例外なく損害が認められることになります。この見解に対しては、取引の目的が達成されている場合や、偽った事項が財産と関係のない場合にまで詐欺罪が成立してしまうという批判が向けられます。これに対し、被害者が交付によって達成しようとした経済的に重要な目的が達成されなかったことを損害とする見解からは、未成年者が年齢を偽って酒を買った場合のように、店が代金を得て取引の目的を達している場合には、損害が否定されることになります。判例は、財産的損害を独立の要件として論じるよりも、偽った事項が「交付の判断の基礎となる重要な事項」に当たるかという欺く行為の問題として判断しています。搭乗券の事案で詐欺罪が成立するとされるのも、運賃が支払われていても、搭乗者が誰であるかが航空会社の経営上重要な事項だからです。
本来受け取れる代金を早く受け取った場合は、別個の支払といえる程度に時期を早めたことが必要です
請負人が、欺く手段を使って工事の完成検査に合格させ、本来受領する権利のある請負代金を受け取った場合、代金そのものは正当に受け取れるものですから、損害があるといえるかが問題になります。最判平成13年7月19日(請負代金の早期受領と詐欺罪)は、代金全額について詐欺罪が成立するには、欺罔手段を用いなかった場合に得られたであろう請負代金の支払とは「社会通念上別個の支払に当たるといい得る程度の期間支払時期を早めた」ものであることを要するとしました。わずかに支払が早まっただけでは詐欺罪は成立せず、支払時期の早まりが独立の財産的な意味を持つときに限って成立します。
所有権が売主に留保されていても、欺いて引渡しを受ければ詐欺罪が成立します
代金を支払う意思も能力もないのに分割払いで自動車を購入し、引渡しを受けた場合、所有権は代金完済まで販売会社に留保されています。販売会社は所有権を失っていませんが、それでも詐欺罪が成立します。最決昭和45年6月30日は、所有権が売主に留保され、買主が処分する権限を有しないなどの民事法上の制限があったとしても、売主を欺罔して引渡しを受け占有を取得した以上、詐欺罪を構成するとしました。1項詐欺罪は財物の占有を移転させる罪であり、自動車の占有を失ったことが損害に当たるからです。

旅券の不正取得は詐欺罪にならず、通帳や国民健康保険被保険者証の不正取得は詐欺罪になります
国や地方公共団体が相手であっても、その財産権を侵害すれば詐欺罪が成立します。最決昭和51年4月1日(国家的法益と詐欺罪の成否)は、欺罔行為によって国家的法益を侵害する場合でも、それが同時に財産権を侵害するものである以上、詐欺罪の成立を認めています。これに対し、係員に虚偽の申立てをして旅券の交付を受ける行為について、最判昭和27年12月25日は、免状等不実記載罪(157条2項)が不実記載された旅券の下付を受ける事実を当然に包含しているとして、詐欺罪に問うべきではないとしました。成立するのは免状等不実記載罪で、詐欺罪は成立しません。判例は、旅券が財物に当たらないことを理由にしていません。他方、預金通帳は、それ自体が所有権の対象となり、預入れや払戻しを受けられる財産的な価値を持つので、財物に当たります。最決平成14年10月21日は、他人に成り済まして口座を開設し通帳の交付を受けた事案で、通帳が246条1項の財物に当たるとして詐欺罪を認めました。第三者に譲渡する意図を秘して自己名義の口座を開設し通帳の交付を受けた場合にも、最決平成19年7月17日(通帳の詐取)は詐欺罪の成立を認めています。「甲銀行では,預金口座開設等の申込時,契約者に対して,規定により通帳名義人以外の第三者に預金通帳を譲渡,質入れ又は利用させるなどすることを禁止していた。この場合において,AのBに対する詐欺罪が成立する」という肢(R2 問26 エ)は正しいです。他人に成り済まして市役所職員を欺き、他人名義の国民健康保険被保険者証の交付を受けた場合も、詐欺罪が成立します(最決平成18年8月21日)。
- 旅券・運転免許証など詐欺罪は成立しない。免状等不実記載罪(157条2項)だけが成立する
- 預金通帳・キャッシュカード詐欺罪が成立する。他人名義での口座開設、第三者に譲渡する意図を秘した自己名義での口座開設のいずれも
- 国民健康保険被保険者証詐欺罪が成立する(最決平成18年8月21日)
- 搭乗券詐欺罪が成立する(最決平成22年7月29日)
- 国有地など国・地方公共団体の財物財産権の侵害がある以上、詐欺罪が成立する(最決昭和51年4月1日)

刑法 第246条第1項人を欺いて財物を交付させた者は、十年以下の拘禁刑に処する。
刑法 第157条第2項公務員に対し虚偽の申立てをして、免状、鑑札若しくは旅券に不実の記載をさせ、又は電磁的記録文書等その他の電磁的記録であって、免状、鑑札若しくは旅券の全部若しくは一部として用いられるものに不実の記録をさせた者は、一年以下の拘禁刑又は二十万円以下の罰金に処する。
試験ではこう問われる
- 効能を偽って価格相当の商品を販売しても、真実を告知すれば相手方が金員を交付しない場合は詐欺罪が成立する(最決昭和34年9月28日)
- 儀式料の名目で信販会社の立替払を利用させて金員を交付させた場合も、欺かれた者に対する詐欺罪が成立する(R2 問26 ア ○)
- 所有権留保付きの自動車でも、代金支払の意思・能力を偽って引渡しを受ければ詐欺罪が成立する(最決昭和45年6月30日)
- 旅券の不正取得は免状等不実記載罪だけが成立し、詐欺罪は成立しない(最判昭和27年12月25日)
- 第三者に譲渡する意図を秘して自己名義の預金通帳の交付を受ければ、詐欺罪が成立する(最決平成19年7月17日。R2 問26 エ ○)
- 他人名義の国民健康保険被保険者証の交付を受ければ詐欺罪が成立する(最決平成18年8月21日)
- 国や地方公共団体が所有する財物も詐欺罪の「財物」に当たる(最決昭和51年4月1日)

