相続放棄と限定承認:期間・効果・登記への影響
相続放棄と限定承認を、熟慮期間の起算点・法定単純承認・放棄の遡及効・限定承認の清算手続で整理。放棄と第三者、相続登記の申請人と添付情報への影響まで、司法書士試験の受験生向けに解説します。
相続放棄と限定承認は、民法の相続分野で毎年のように択一に出る論点です。しかも不動産登記法では「誰が相続登記の申請人になるか」を決める前提知識として、記述式にも直結します。
結論を先に言うと、押さえる軸は3つです。第1に、選択できる期間は「自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月」であること。第2に、放棄をした者は「初めから相続人とならなかったもの」とみなされ、代襲相続も起きないこと。第3に、限定承認は共同相続人の全員でしかできず、手続が重いこと。この3点から、法定単純承認・放棄と第三者・登記の申請人がすべて導けます。
本記事は、民法915条から940条までを現行法で確認しながら、択一で問われる細部と登記との接続を整理します。相続分野全体の学習順序は民法の勉強法で扱っています。
相続の3つの選択肢と熟慮期間
相続人は、相続を単純承認するか、限定承認するか、放棄するかを選べます。まず全体像を表で確認します。
単純承認・限定承認・放棄の比較
| 項目 | 単純承認 | 限定承認 | 相続放棄 |
|---|---|---|---|
| 効果 | 無限に権利義務を承継(920条) | 相続財産の限度で債務・遺贈を弁済(922条) | 初めから相続人でなかったとみなす(939条) |
| 方式 | 特になし | 財産目録を作成して家庭裁判所に申述(924条) | 家庭裁判所に申述(938条) |
| 共同相続人との関係 | 各自 | 全員が共同してのみ(923条) | 各自単独でできる |
| 期間 | 期間内に何もしなければ単純承認とみなす | 熟慮期間内 | 熟慮期間内 |
単純承認には申述などの方式がありません。何もしないまま期間が過ぎると単純承認とみなされるからです(921条2号)。限定承認と放棄は、どちらも家庭裁判所への申述が必要です。
熟慮期間は「知った時」から3か月
民法915条1項は、相続人は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内に、単純もしくは限定の承認または放棄をしなければならないと定めます。この期間は、利害関係人または検察官の請求によって、家庭裁判所が伸長できます(同項ただし書)。相続人自身は伸長の請求権者として条文に並んでいませんが、利害関係人に含まれるので請求できます。
起算点は「相続開始の時」ではありません。被相続人の死亡を知り、かつ自分が相続人になったことを知った時です。判例は、相続人が相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じたことに相当な理由があるときは、相続財産の全部または一部の存在を認識した時または通常これを認識しうべき時から起算するとしています。借金の存在を後から知った場面で問題になる判例です。
2項により、相続人は承認または放棄の前に相続財産の調査ができます。承認も放棄もしていない相続人は、固有財産と同一の注意で相続財産を管理します(918条)。
再転相続と制限行為能力者の起算点
相続人が承認も放棄もしないで死亡したときは、915条1項の期間は、その者の相続人が自己のために相続の開始があったことを知った時から起算します(916条)。これが再転相続です。判例は、この「知った時」を、再転相続人が、先に死亡した相続人からの承継によって最初の被相続人の相続人となったことを知った時と解しています。
再転相続人は、2つの相続について別々に選択できます。ただし、後の相続を放棄すると先の相続についての選択権も失うので、順序が問題になります。後の相続を承認したうえで先の相続を放棄する、という組み合わせは可能です。
相続人が未成年者または成年被後見人であるときは、期間はその法定代理人が本人のために相続の開始があったことを知った時から起算します(917条)。制限行為能力者の保護の全体像は制限行為能力者の記事で確認してください。
法定単純承認:選択肢を失う3つの場面
民法921条は、相続人が単純承認をしたものとみなす場面を3つ定めます。択一ではこの条文の号ごとの細部が問われます。
1号:相続財産の処分
相続人が相続財産の全部または一部を処分したときは、単純承認とみなされます。ただし、保存行為と、602条に定める期間を超えない賃貸は除かれます。つまり、建物の修繕や短期の賃貸では単純承認になりません。
判例は、1号の処分といえるためには、相続人が自己のために相続が開始した事実を知りながら処分したか、少なくとも相続開始の事実を確実に予想しながらあえて処分したことを要するとしています。被相続人の死亡を知らずに財産を処分しても、単純承認にはなりません。
2号:熟慮期間の経過
915条1項の期間内に限定承認または放棄をしなかったときは、単純承認とみなされます。これが最も多い単純承認の形です。何もしないことが「承認」の効果を生む点を押さえてください。
3号:放棄・限定承認後の背信行為
限定承認または放棄をした後でも、相続財産の全部もしくは一部を隠匿し、私にこれを消費し、または悪意で財産目録中に記載しなかったときは、単純承認とみなされます。
ただし書に注意が必要です。その相続人が放棄をしたことによって相続人となった者が相続の承認をした後は、この限りでないとされます。次順位の相続人がすでに承認しているなら、放棄者の背信行為で放棄の効果を覆すことはしない、という調整です。
限定承認をした共同相続人の一部に1号または3号の事由があるときは、相続債権者は、相続財産から弁済を受けられなかった債権額について、その共同相続人に対し相続分に応じて権利を行使できます(937条)。限定承認全体が崩れるのではなく、その者だけが責任を負う構造です。
相続放棄の方式と効果
相続放棄は、相続人が単独でできる最もシンプルな選択です。その代わり、効果は強力です。
家庭裁判所への申述と撤回禁止
相続の放棄をしようとする者は、その旨を家庭裁判所に申述しなければなりません(938条)。相続人間の合意や、遺産分割協議で「何も取得しない」と定めることは、民法上の相続放棄ではありません。この違いは、相続債務を免れるかどうかで決定的に効いてきます。遺産分割で財産を取得しなかっただけの相続人は、相続債権者との関係では法定相続分に応じた債務を承継したままです。
承認と放棄は、熟慮期間内でも撤回できません(919条1項)。一方で、総則や親族の規定による取消しは妨げられません(2項)。錯誤・詐欺・強迫や、未成年者が法定代理人の同意なく放棄した場合などです。取消権は追認できる時から6か月、承認または放棄の時から10年で時効消滅します(3項)。限定承認や放棄を取り消すときは、家庭裁判所への申述が必要です(4項)。
| 項目 | 撤回 | 取消し |
|---|---|---|
| 可否 | 熟慮期間内でも不可 | 総則・親族の規定による取消しは可 |
| 期間 | なし | 追認可能時から6か月・承認等から10年 |
| 方式 | なし | 限定承認・放棄の取消しは家庭裁判所に申述 |
初めから相続人とならなかったものとみなす
民法939条は、相続の放棄をした者は、その相続に関しては、初めから相続人とならなかったものとみなすと定めます。この遡及効から、次の結論が出ます。
- 放棄者の相続分は、他の共同相続人に帰属する。子の1人が放棄すれば、残る子と配偶者の相続分が増える
- 子の全員が放棄すれば、第2順位の直系尊属、さらに第3順位の兄弟姉妹へと相続権が移る
- 放棄は代襲原因ではない。887条2項が代襲原因として挙げるのは、相続開始以前の死亡・欠格・廃除だけ
最後の点は択一の定番です。放棄した子の子は、代襲相続人になりません。
放棄者の保存義務
放棄をした者は、放棄の時に相続財産に属する財産を現に占有しているときは、相続人または相続財産清算人に引き渡すまでの間、自己の財産におけるのと同一の注意をもって、その財産を保存しなければなりません(940条1項)。義務を負うのは「現に占有している」放棄者に限られます。占有していない財産について、放棄者が管理義務を負い続けることはありません。
限定承認の手続と清算
限定承認は、相続財産の限度でのみ債務と遺贈を弁済することを留保して承認するものです(922条)。債務超過かどうか分からないときに意味を持ちますが、手続は重く、実際の利用は多くありません。試験では手続の数字が問われます。
共同相続人全員でする
相続人が数人あるときは、限定承認は、共同相続人の全員が共同してのみすることができます(923条)。1人でも単純承認をした者がいれば、限定承認はできません。
ただし、放棄をした者は初めから相続人でなかったことになるので、「全員」から外れます。残りの相続人全員で限定承認をすることは可能です。
方式は、熟慮期間内に相続財産の目録を作成して家庭裁判所に提出し、限定承認をする旨を申述することです(924条)。限定承認をすると、相続人が被相続人に対して有した権利義務は消滅しなかったものとみなされます(925条)。混同による消滅を防ぎ、清算を正確に行うためです。
公告・催告と弁済の順序
限定承認者は、限定承認をした後5日以内に、全ての相続債権者と受遺者に対し、限定承認をしたことと一定期間内に請求の申出をすべき旨を公告しなければなりません。期間は2か月を下ることができません(927条1項)。公告は官報に掲載してします(4項)。知れている相続債権者と受遺者には、各別に催告します(3項)。
| 段階 | 内容 | 条文 |
|---|---|---|
| 公告 | 限定承認後5日以内。申出期間は2か月以上 | 927条 |
| 期間満了前 | 弁済を拒むことができる | 928条 |
| 期間満了後 | 申出をした債権者と知れている債権者に債権額の割合で弁済。優先権者は害さない | 929条 |
| 受遺者 | 相続債権者への弁済の後でなければ弁済できない | 931条 |
| 換価 | 売却が必要なときは競売が原則 | 932条 |
「相続債権者が先、受遺者が後」という順序は必ず覚えてください。932条ただし書により、家庭裁判所が選任した鑑定人の評価に従って価額を弁済すれば、競売を止めて相続財産を手元に残すこともできます。
相続人が数人ある場合の相続財産清算人
相続人が数人ある場合、家庭裁判所は、相続人の中から相続財産清算人を選任しなければなりません(936条1項)。清算人が相続人に代わって管理と弁済の一切の行為をします。公告の期限は、清算人の選任があった後10日以内と読み替えられます(936条3項)。単独の限定承認者なら5日、清算人なら選任後10日という対比が問われます。
登記への影響
ここからが司法書士試験らしい部分です。放棄と限定承認は、相続登記の申請人と、第三者との対抗関係を変えます。
放棄と第三者:登記なくして対抗できる
民法899条の2第1項は、相続による権利の承継は、遺産分割によるものかどうかにかかわらず、法定相続分を超える部分については、登記その他の対抗要件を備えなければ第三者に対抗できないとしています。
これに対し、相続放棄の効果は、登記なくして誰に対しても対抗できるとするのが判例です(最判昭和42年1月20日)。放棄者の債権者が、放棄者にも法定相続分があるものとして代位で相続登記をし、その持分を差し押さえても、差押えは効力を生じません。放棄は「初めから相続人でなかった」という絶対的な効果を持ち、遺産分割のような第三者保護の規定(909条ただし書)もないからです。
| 場面 | 第三者との関係 |
|---|---|
| 遺産分割で法定相続分を超えて取得 | 超える部分は登記がなければ対抗できない(899条の2) |
| 他の相続人が相続放棄 | 登記なくして対抗できる(判例) |
対抗要件の一般論は民法177条の第三者の記事で整理しています。
相続登記の申請人と添付情報
相続登記は、登記権利者が単独で申請できます(不動産登記法63条2項)。放棄者は相続人ではないので、申請人になりません。放棄者を除いた相続人を登記名義人として申請します。
添付情報としては、戸籍等の相続を証する情報に加えて、家庭裁判所が発行する相続放棄申述受理証明書などを登記原因証明情報の一部として提供します。放棄の事実は戸籍には記載されないので、この情報がないと登記官は放棄者を除いてよいか判断できません。
法定相続分で相続登記をした後に一部の相続人が放棄したときは、放棄者を除いた持分に改める所有権の更正の登記をします。現在の登記実務では、この更正登記を登記権利者が単独で申請できる取扱いが認められています。相続登記の申請義務との関係は相続登記の義務化の記事で扱っていますが、放棄者は相続により所有権を取得していないので、申請義務も負いません。
限定承認と登記、相続人全員が放棄した場合
限定承認をしても、相続財産が相続人に承継されること自体は変わりません。不動産の名義は、単純承認の場合と同じく「相続」を原因として相続人に移します。
限定承認と登記の関係では、判例が1つ重要です。被相続人から死因贈与を受けた相続人が限定承認をした場合、その者は、死因贈与による所有権移転登記が相続債権者の差押登記より先にされていても、信義則上、相続債権者に対して不動産の取得を対抗できないとされました(最判平成10年2月13日)。限定承認で責任を相続財産に限定しながら、財産だけを先に確保することは許されないという趣旨です。
相続人全員が放棄して相続人のあることが明らかでなくなると、相続財産は法人となり(951条)、家庭裁判所が相続財産清算人を選任します(952条)。不動産の登記名義は、登記名義人の氏名の変更の登記によって相続財産法人名義に改めます。所有権移転ではない点が択一で問われます。
試験での出題ポイント
択一式ではこう問われる
- 起算点:「相続開始の時から3か月」は誤り。「自己のために相続の開始があったことを知った時」から3か月
- 伸長の請求権者:利害関係人または検察官。家庭裁判所が職権で伸長するのではない
- 法定単純承認:保存行為と602条の短期賃貸は処分にあたらない。放棄後の隠匿も、次順位者が承認した後は単純承認とみなされない
- 撤回と取消し:撤回は期間内でも不可。取消しは総則・親族の規定により可能で、家庭裁判所への申述が必要
- 代襲相続:放棄は代襲原因ではない
- 限定承認:共同相続人全員でする。放棄者は除かれる。公告は5日以内、清算人は選任後10日以内、申出期間は2か月以上
- 対抗関係:放棄は登記なくして対抗できる。遺産分割による法定相続分超過部分は登記が必要
肢の多くは、数字や主体を1か所だけ入れ替えて作られます。演習では、誤りの肢を正しい形に直して言えるかを確認してください。
記述式との接続
不動産登記の記述式では、別紙に「家庭裁判所に相続放棄の申述をし、受理された」という事実が紛れ込みます。ここで放棄者を登記名義人から外せるかが、登記の目的・申請人・持分の3枠を同時に左右します。
- 放棄者を除いて相続人と法定相続分を計算し直す。子全員が放棄していれば、直系尊属や兄弟姉妹に相続権が移る
- 放棄者の子を代襲相続人として加えない
- 添付情報に、放棄を証する情報を含む登記原因証明情報を書く
相続が絡む事案の枠決めの手順は記述式(不動産登記)の答案構成で扱っています。
まとめ
- 承認・放棄の期間は、自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月(915条1項)。伸長は利害関係人・検察官の請求による
- 処分・期間経過・背信行為の3つで単純承認とみなされる(921条)。保存行為と短期賃貸は処分にあたらない
- 承認・放棄は撤回できず、取消しは家庭裁判所への申述による(919条)
- 放棄者は初めから相続人でなかったとみなされ(939条)、代襲相続も起きない
- 限定承認は共同相続人全員で、財産目録を添えて申述する。公告5日以内、申出期間2か月以上、相続債権者が受遺者に優先
- 放棄は登記なくして第三者に対抗でき、放棄者は相続登記の申請人にならない
よくある質問
遺産分割協議で「何も相続しない」と決めれば、相続放棄と同じですか
同じではありません。家庭裁判所への申述をしていない以上、民法上は相続人のままです。財産を取得しないことは協議で決められますが、相続債務は法定相続分に応じて承継したままで、相続債権者から請求を受けます。債務を免れたいなら、熟慮期間内に家庭裁判所で放棄の申述をする必要があります。
熟慮期間を過ぎてから多額の借金が見つかった場合は、もう放棄できませんか
判例は、相続財産が全く存在しないと信じ、そう信じたことに相当な理由があるときは、相続財産の存在を認識した時または通常認識しうべき時から起算するとしています。したがって、事情によっては期間経過後でも放棄の申述が受理される余地があります。試験では、この判例の要件である「全く存在しないと信じた」「相当な理由」の2点を正確に覚えてください。
相続人の1人が放棄したら、限定承認はできなくなりますか
できます。923条は共同相続人の全員で限定承認をすることを求めていますが、放棄をした者は初めから相続人でなかったとみなされるので、「全員」には含まれません。放棄者以外の相続人全員が共同すれば、限定承認をすることができます。
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