相殺:要件・禁止・差押えとの関係
相殺を2020年4月施行の債権法改正後の条文で整理。相殺適状の要件、意思表示と遡及効、相殺制限特約、不法行為等による債務の相殺禁止、差押えと相殺の511条、債権譲渡との比較、保証・連帯債務との接続まで受験生向けに解説します。
相殺は、債権総論の中で条文数は少ないものの、改正で結論が変わった箇所と、差押え・債権譲渡・保証など他の論点との接続が多い分野です。2020年4月1日施行の債権法改正で、不法行為による債務の相殺禁止の範囲が組み替えられ、差押えと相殺についての判例法理が511条に明文化されました。
結論を先に言うと、相殺の条文は「相殺できる状態にあるか」「禁止されていないか」「第三者が現れたときに対抗できるか」の3段階で読むと整理できます。どちらの債権を相殺に使う側か、つまり自働債権と受働債権の区別を常に意識するのがコツです。
本記事は、民法505条から512条の2までを一通り読んだものの、相殺の禁止と差押えの場面で肢を切れない受験生に向けて書いています。民法全体の学習順序は民法の勉強法を参照してください。
相殺の意義と用語
相殺は一方的な意思表示で債務を消す
二人が互いに同種の目的を有する債務を負担する場合に、双方の債務が弁済期にあるときは、各債務者は、その対当額について相殺によってその債務を免れることができます(民法505条1項本文)。相殺は、当事者の一方から相手方に対する意思表示によってします(506条1項前段)。相手方の同意は要りません。
AがBに100万円の貸金債権を持ち、BがAに60万円の売買代金債権を持つ場合、Aが相殺の意思表示をすれば、60万円の範囲で双方の債権が消え、AのBに対する40万円の債権だけが残ります。現金を往復させる手間が省けるのが相殺の第一の機能です。
自働債権と受働債権
相殺をする側が持っている債権を自働債権、相殺をされる側が持っている債権を受働債権と呼びます。上の例でAが相殺するなら、Aの貸金債権が自働債権、Bの代金債権が受働債権です。
条文の多くは、どちらの債権について定めているかで意味が変わります。509条と510条は受働債権についての禁止、511条は差し押さえられた債権を受働債権とする場面です。肢を読むときは、まず「誰が、どの債権を自働債権にして相殺しようとしているか」を特定してください。
担保的機能
相殺には、相手方が無資力になっても、自分の債務の範囲では確実に回収できるという機能があります。Bが破産しても、Aは60万円分については相殺で回収したのと同じ結果を得られます。この担保的機能を、差押債権者や債権の譲受人との関係でどこまで守るかが、511条と469条の問題です。
相殺の要件:相殺適状
505条1項の4つの要件
相殺できる状態を相殺適状といいます。505条1項から、次の4つの要件を読み取ります。
| 要件 | 内容 |
|---|---|
| 債権の対立 | 当事者の二人が互いに債務を負担していること |
| 同種の目的 | 金銭債務どうしのように、給付の種類が同じであること |
| 弁済期 | 双方の債務が弁済期にあること |
| 性質上の許容 | 債務の性質が相殺を許さないものでないこと |
これに加えて、505条2項・509条・510条・511条などの相殺の禁止にあたらないことが必要です。履行地が異なっても相殺はでき、相殺をした者は相手方に生じた損害を賠償します(507条)。
性質上相殺が許されない債務の例は、互いに労務を提供する債務のように、現実に履行しなければ目的を達しないものです。
弁済期は自働債権と受働債権で扱いが違う
条文は「双方の債務が弁済期にあるとき」と書いていますが、受働債権と自働債権で扱いが違います。
- 自働債権:弁済期が到来していなければ相殺できない。相手方の期限の利益を一方的に奪うことになるから
- 受働債権:自分が負う債務なので、期限の利益を放棄すれば相殺できる(136条2項)
判例は、受働債権についても、期限の利益を放棄するなどして弁済期が現実に到来していることが必要としています。単に「放棄できる状態にある」だけでは相殺適状になりません。
抗弁権の付いた債権と時効消滅した債権
判例は、自働債権に相手方の同時履行の抗弁権が付いているときは相殺できないとしています。相殺を認めると、相手方は抗弁権を理由なく奪われるからです。逆に、受働債権に自分の抗弁権が付いている場合は、自分でその抗弁を放棄して相殺できます。
時効によって消滅した債権でも、その消滅以前に相殺に適するようになっていた場合には、その債権者は相殺できます(508条)。相殺適状になった時点で、当事者は清算済みと考えるのが通常だからです。時効の援用との関係は時効の記事で整理しています。
相殺の方法と効果
条件・期限を付けられない
相殺の意思表示には、条件または期限を付することができません(506条1項後段)。相殺は一方的な意思表示で法律関係を変えるので、条件を付けると相手方の地位が不安定になります。期限を付けても、次に見る遡及効があるので意味がありません。
相殺適状の時にさかのぼる
相殺の意思表示は、双方の債務が互いに相殺に適するようになった時にさかのぼって効力を生じます(506条2項)。相殺適状の後に発生した利息や遅延損害金は、対当額の範囲では生じなかったことになります。
充当の順序
数個の債権と数個の債務がある場合に、当事者が別段の合意をしなかったときは、相殺に適するようになった時期の順序に従って、対当額で消滅します(512条1項)。自働債権で受働債権の全部を消せないときは、弁済の充当の規定の一部を準用して処理します(同条2項)。1個の債権の弁済として数個の給付をすべき場合も、512条が準用されます(512条の2)。
充当の基準が「相殺の意思表示をした時」ではなく「相殺に適するようになった時期」である点は、506条2項の遡及効と対応しています。早く相殺適状になった組合せから順に消えていく、と考えれば覚えやすくなります。
相殺の禁止
相殺を禁止・制限する意思表示
当事者が相殺を禁止し、または制限する旨の意思表示をした場合、その意思表示は、第三者がこれを知り、または重大な過失によって知らなかったときに限り、その第三者に対抗できます(505条2項)。
改正前は「善意の第三者に対抗できない」という書き方でした。現行法は、譲渡制限の意思表示を定める466条3項と同じく、悪意・重過失の第三者にだけ対抗できる形にそろえています。相殺禁止の特約付きの債権を善意・無重過失で譲り受けた者は、特約に拘束されずに相殺できます。
不法行為等により生じた債権を受働債権とする相殺
次の債務の債務者は、相殺をもって債権者に対抗できません(509条)。
- 悪意による不法行為に基づく損害賠償の債務(1号)
- 人の生命または身体の侵害による損害賠償の債務(2号。1号にあたるものを除く)
改正前は、不法行為による損害賠償債務を受働債権とする相殺が一律に禁止されていました。現行法は、禁止の範囲を「悪意による不法行為」と「生命・身体の侵害」に絞っています。過失による物損の不法行為であれば、加害者は相殺できます。
逆に、2号は不法行為に限られていません。債務不履行による損害賠償でも、人の生命・身体の侵害によるものであれば相殺は禁止されます。安全配慮義務違反による損害賠償が典型です。
509条はあくまで「債務者が」相殺できないという規定です。被害者の側から、損害賠償債権を自働債権として相殺するのは禁止されていません。また、債権者がその債務に係る債権を他人から譲り受けたときは、相殺の禁止は及びません(509条ただし書)。被害者本人に現実の賠償を得させるという趣旨が、譲受人には当てはまらないからです。
| 受働債権 | 加害者からの相殺 | 被害者からの相殺 |
|---|---|---|
| 悪意による不法行為の損害賠償 | 不可 | 可 |
| 生命・身体侵害の損害賠償(不法行為・債務不履行) | 不可 | 可 |
| 過失による物損の不法行為の損害賠償 | 可 | 可 |
差押禁止債権を受働債権とする相殺
債権が差押えを禁じたものであるときは、その債務者は、相殺をもって債権者に対抗できません(510条)。給料債権のうち一定部分のように、債権者の生活を支えるために差押えが禁止されている債権(民事執行法152条)は、相殺によっても実質的に取り上げることを許さない、という趣旨です。雇用主が労働者に対する貸金で給料債権と相殺する場面が典型です。
差押えと相殺:511条
差押え前に取得した債権なら相殺できる
差押えを受けた債権の第三債務者は、差押え後に取得した債権による相殺をもって差押債権者に対抗できませんが、差押え前に取得した債権による相殺をもって対抗できます(511条1項)。
場面を整理します。CがBに対して債権を持ち、BがAに対して債権を持っているとします。Cが、BのAに対する債権を差し押さえました。第三債務者Aは、Bに対する自分の債権を自働債権として、差し押さえられた債権と相殺できるか、という問題です。
条文は、差押え前に取得した債権なら、弁済期の先後を問わず相殺を対抗できるとしています。改正前は、自働債権と受働債権の弁済期の先後によって相殺の可否を分ける考え方もありましたが、最高裁昭和45年6月24日大法廷判決が弁済期の先後を問わないとし、現行法はこの立場を条文にしました。もちろん、実際に相殺するには相殺適状が必要です。
逆に、差押えの後にAがBに新たに金銭を貸し付けた場合、その貸金債権で相殺しても差押債権者には対抗できません。差押えの時点でAが持っていなかった相殺への期待は、差押債権者の利益より優先させる理由がないからです。差押えの効力が生じた後に第三債務者がBに弁済しても差押債権者に対抗できないのと同じ発想で、相殺も差押え後の新たな取引による債権では許されません。
差押え前の原因に基づく債権
差押え後に取得した債権でも、それが差押え前の原因に基づいて生じたものであるときは、第三債務者は相殺をもって差押債権者に対抗できます(511条2項本文)。ただし、第三債務者が差押え後に他人の債権を取得したときは、相殺できません(同項ただし書)。
典型は、委託を受けた保証人の事後求償権です。AがBの委託を受けてBの債務を保証し、その後にCがBのAに対する債権を差し押さえ、さらにその後にAが保証債務を履行したとします。Aの求償権は差押え後に発生していますが、原因である保証委託契約は差押え前にあるので、Aは求償権で相殺できます。保証人の求償の範囲は保証と連帯保証で扱っています。
債権譲渡と相殺との比較
債権譲渡の場面でも、同じ問題が469条で定められています。基準時が差押えではなく対抗要件具備時になる点と、469条2項2号が加わっている点が違います。
| 項目 | 差押えと相殺(511条) | 債権譲渡と相殺(469条) |
|---|---|---|
| 基準時 | 差押え | 対抗要件具備時 |
| 基準時前に取得した債権 | 相殺可 | 相殺可 |
| 基準時前の原因に基づく債権 | 相殺可 | 相殺可 |
| 譲渡された債権の発生原因である契約に基づく債権 | 規定なし | 相殺可 |
| 基準時後に他人の債権を取得 | 相殺不可 | 相殺不可 |
469条2項2号は、将来債権の譲渡を想定した規定です。継続的な取引から将来発生する売掛金が譲渡された場合、債務者は、譲渡の後に同じ契約から生じる反対債権で相殺したいと考えます。この期待を保護するための規定で、差押えには対応する規定がありません。債権譲渡の全体像は債権譲渡の記事を参照してください。
他の制度との接続
保証人と連帯債務者
主たる債務者が債権者に対して相殺権を有するときは、その行使によって主たる債務者が債務を免れるべき限度で、保証人は債権者に対して債務の履行を拒むことができます(457条3項)。保証人が主たる債務者の債権で相殺できるわけではありません。
連帯債務者の一人が債権者に対して債権を有する場合に、その連帯債務者が相殺を援用したときは、債権は全ての連帯債務者の利益のために消滅します(439条1項)。その連帯債務者が相殺を援用しない間は、他の連帯債務者は、その連帯債務者の負担部分の限度で履行を拒むことができます(同条2項)。他の連帯債務者が代わりに相殺できるのではない点は、保証と同じ構造です。
会社法と供託法での相殺
会社法には、民法の相殺を修正する規定があります。募集株式の引受人は、出資の履行をする債務と株式会社に対する債権とを相殺することができません(会社法208条3項)。資本充実のための規定で、募集株式の発行の登記でも問われます。
債権が差し押さえられると、第三債務者は、差し押さえられた金銭債権の全額に相当する金銭を供託できます(民事執行法156条1項)。第三債務者が差押え前から反対債権を持っているなら、供託するか、511条で相殺を主張するかを選ぶ場面になります。執行供託の仕組みは執行供託の記事で扱っています。
試験での出題ポイント
択一式ではこう問われる
- 弁済期:自働債権は弁済期の到来が必要。受働債権は期限の利益を放棄して相殺できる
- 抗弁権:同時履行の抗弁権の付いた債権を自働債権とする相殺はできない
- 508条:時効消滅前に相殺適状にあった債権なら、時効消滅後も自働債権にできる
- 506条:相殺に条件・期限は付けられない。効力は相殺適状の時にさかのぼる
- 505条2項:相殺制限の特約は悪意・重過失の第三者にだけ対抗できる
- 509条:過失による物損の不法行為なら加害者も相殺できる。生命・身体侵害は債務不履行でも禁止。被害者からの相殺は可
- 511条:差押え前に取得した債権なら弁済期の先後を問わず相殺できる。差押え前の原因に基づく債権も可
- 457条3項・439条2項:保証人・他の連帯債務者は相殺できず、履行を拒めるだけ
改正前の過去問は、不法行為債務の相殺禁止と差押えと相殺の結論が変わっているものがあります。解説が現行法に対応しているかを確認してください。
記述式との接続
相殺そのものが記述式の主役になることは多くありません。ただ、抵当権の被担保債権が相殺で消滅すれば、抵当権は付従性で消滅し、抹消登記を申請する場面になります。別紙に「相殺」の文字があれば、自働債権と受働債権の対立、弁済期、相殺の禁止の有無を確認し、被担保債権が本当に消滅したかを判断してから抹消の要否を決めます。抹消登記の型は抵当権抹消登記で整理しています。
まとめ
- 相殺は一方的な意思表示で、相手方の同意は要らない。条件・期限は付けられない
- 自働債権は弁済期の到来が必要。受働債権は期限の利益を放棄すれば足りる
- 相殺の効力は相殺適状の時にさかのぼる
- 相殺制限の特約は悪意・重過失の第三者にだけ対抗できる
- 509条の禁止は悪意による不法行為と生命・身体の侵害に限られ、被害者からの相殺は妨げない
- 差押え前に取得した債権と、差押え前の原因に基づく債権なら差押債権者に相殺を対抗できる
- 債権譲渡では469条が同じ問題を扱い、同じ契約から生じた債権も相殺できる
よくある質問
交通事故の加害者は、被害者に対する貸金債権で損害賠償債務と相殺できますか
被害者がけがをした場合はできません。人の身体の侵害による損害賠償の債務は、509条2号で相殺が禁止されています。車の損傷だけの物損事故で、加害者に悪意がなければ、加害者からの相殺は禁止されていません。
差押えの後に弁済期が来る債権でも、差押え前に取得していれば相殺できますか
できます。511条1項は、差押え前に取得した債権であれば、自働債権と受働債権の弁済期の先後を問わず、相殺を差押債権者に対抗できるとしています。ただし、現実に相殺するには、自働債権の弁済期が到来して相殺適状になっていることが必要です。
時効で消えた債権を使って相殺できるのはどんな場合ですか
時効で消滅する前に、相手方の債権と相殺に適する状態になっていた場合です(508条)。消滅時効が完成した後に初めて相殺適状になった場合は、508条の対象になりません。
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